【イベントレポート】【ネタバレ注意】「HAPPYEND」空音央、芸術に希望を失った時期明かすも「本当に映画を作ってよかった」
映画「HAPPYEND」のQ&Aトークイベントが本日12月14日に東京・シネマート新宿で行われ、監督の空音央が登壇した。この記事にはネタバレが含まれるため注意してほしい。 【動画】映画「HAPPYEND」の予告はこちら 近未来の日本を舞台とした本作は、幼なじみで大親友のユウタとコウを中心に、友情の危うさやアイデンティティの揺れ動きを描いた青春映画。2人のいたずらが大騒動に発展し、学校にAI監視システムが導入されたことをきっかけに、自らのアイデンティティと社会への違和感について深く考えるようになったコウと、仲間と楽しいことだけをしていたいユウタが少しずつすれ違う様子がつづられる。主演の栗原颯人と日高由起刀がユウタとコウを演じ、コウに影響を与える同級生フミに祷キララが扮した。 物語の終盤、いたずらの罪を1人でかぶり学校を去ることになるユウタ。観客から「最後は残酷だと感じました。コウは罪悪感を感じて、今後フミちゃんとデモなどに参加していけるのか?と思いました」という感想が上がった。まず空は「コウは毎日の生活の中で、フラストレーションが溜まっていたけれど、それを言葉にできなかった。でもフミと出会ったことで、やっと彼の憤りや怒りが形を帯びていく。コウが言葉を得る瞬間を描きたかったんです」と説明。そして「コウにはリスクを負って、犠牲にできないものがあった。そんな中、ユウタが1人で罪をかぶって、手を差し伸べます。おっしゃる通り、コウは罪悪感を抱いていると思います」と述べ、「だからこそ、コウはユウタを食事に誘ってみるんです。でも、スケジュールが合わないという、気まずいことが起こる。でもあそこで、ユウタはいつものようにコウの乳首をつねるんですよね。あれは、コウの荷が軽くなるだろうと思ってやったユウタの優しさ。あれで、コウの気持ちはけっこう軽くなっている思います。もちろん罪悪感もあって、コウはいろいろ複雑な思いを持ってこれからも生きていくと思います」と分析した。 続いて「本作の音楽にテクノを選んだ理由は?」と問われると、空は「単純に僕が好きなんです」と笑顔に。「テクノは自動車産業が発達していたデトロイトで生まれた。そこには白人もいて、労働者階級の黒人もいたんです。でも“ホワイトフライト”というんですが、白人が撤退して、黒人が残されて、産業も衰退していった。そういう時代に黒人コミュニティの人々が踊るために作ったのがテクノ。自由と解放のために踊っていたという歴史もあって、映画のテーマにも合うと思ったんです」と伝えた。 イベント終盤には「本作を撮って変わったことは?」という質問が飛んだ。空は「ありすぎて困ってます」と笑いつつ、「HAPPYEND」を制作中に映画や芸術への希望を失った時期があったことを吐露する。「映画の編集をしたのが去年の10月頃だったんです。ご存じの方もいると思いますが、10月7日にパレスチナのイスラム抵抗運動ハマスによるイスラエルへの攻撃があって、その後、イスラエルの報復が始まった。映画のポストプロダクションの過程と並行してジェノサイドの映像が流れてきていたんです。なんで映画を作っているんだろ? デモに行くべきなんじゃないか?と自分がアホらしくなっていきました」と回想。さらに「映画祭に行くと誇らしい気持ちになる反面、そういう場では映画がわりと商品のように扱われるんです。人生を懸けた大事なものなのに、映画祭は権利売買のような場でもあって、荒んでいった。映画が観れなくなっていました」と打ち明ける。 しかしその後、希望を取り戻していったのにはいくつか理由があったという。1つはパレスチナの監督エリア・スレイマンが手がけた「D.I.」という映画を観たことだそうで「ユーモアを持ちつつ、社会を痛烈に批判する映画を作っていた」と話す。さらに「ガザで一番有名な詩人で、去年空爆で亡くなったリファアト・アルアリイールさんの『なぜ物語が必要なのか?』という講義をYouTubeで観たことも理由でした」と思い返す。「彼はガザの学生たちに『君たちの中でエルサレムに行ったことがある人はいるか?』と尋ねるんですが、誰も手を挙げないんです。ところが『でも、君たちはエルサレムのことを知っているような気がするだろう』と聞くとみんながうなずく。そして彼は『それはなぜかというと物語で知っているから』と続けるんです。子供たちは、親やおじいちゃんおばあちゃんから、解放されたパレスチナの物語を聞かされているんですよね。つまり物語というのは、今は存在しないかもしれないけれど、存在しうる世界を想像させてくれるものだということなんです」と語る。そして空は「黙示録的な映画、ディストピアを描いた作品ってすごくたくさんあるんですよ。でもそうじゃない、それを超えた世界を果たして想像できるのか? そういったことを映画でチャレンジできるんじゃないかということをその講義が思い出させてくれました」と述懐し、「世界各国で上映されると、観客は自分がいる社会を反映させて映画を観るんです。例えば香港の観客なら香港のデモのことを考えながら『HAPPYEND』を観ていた。そして上映後に、特に若い観客が僕のところに来て『本当にありがとう』と言ってくれたんです。そのときに本当に映画を作ってよかったと思いました。落ち込んだり、元気になったり、希望を持ったり、絶望したり。本当に行ったり来たりなんです」と口にした。 「HAPPYEND」は全国で上映中。今後も空は各地の劇場で、Q&Aを実施予定だ。スケジュールは後掲している。なお、本作は第8回平遥国際映画祭でロベルト・ロッセリーニアワードの審査員賞に輝いたほか、第21回香港アジアン映画祭のNew Talent Award、第12回 QCinema International Film Festivalの最優秀脚本賞など、数々の賞に輝いた。 ※記事初出時、一部記述に誤りがありました。お詫びして訂正します。 ■ 「HAPPYEND」上映後Q&Aトークイベント・サイン会 <スケジュール> 2024年12月15日(日)11:30~上映 佐賀県 シアター・シエマ 2024年12月18日(水)15:30~上映 兵庫県 豊岡劇場 2024年12月19日(木)18:55~上映 京都府 出町座 ※英語字幕版上映 2024年12月21日(土)12:25~上映 大阪府 第七藝術劇場 2024年12月22日(日)15:00~上映 富山県 ほとり座 (c) 2024 Music Research Club LLC