【社説】80年を越えて 「戦後」を積み重ねていく
■戦争は外から来ない
間もなく阪神大震災から30年になる。戦後最大の都市直下型地震で6千人以上が亡くなった。心のケアが注目され、社会が正面から人の心に向き合う契機となった。 神戸大医学部教授として前線に立った精神科医の故中井久夫さんは、災害時と戦時の共通点に「生存者罪悪感」を見た。自分だけ生き残ってしまったという申し訳なさは正常な心理である。 しかし戦時下は、指導層が求める苦痛を国民が耐え忍ぶべきものとして受け止めるよう、罪悪感が利用された。皆が被害に遭ったのだから我慢せよという「受忍論」に他ならない。 日本には空襲被害者への補償がない。被爆者への手当なども明確な国家補償ではない。国の責任は曖昧で、国家と個人の関係において戦争を総括できていない。 中井さんは「戦争への心理的準備は、国家が個人の生死を越えた存在であるという言説がどこからとなく生まれるあたりから始まる」とも記した。 戦争に直結せずとも、国のため、社会全体のためには個人がないがしろにされても仕方ない、と見過ごす空気が漂っていないだろうか。民主主義が軽んじられ、少数者の異論が封じられていないか。私たちは時代の空気に注意深くあらねばならない。 銃後の美談に関する著書がある北九州市平和のまちミュージアムの重信幸彦館長は「戦争は外側からやって来るという捉え方を見直す必要がある」と語る。 近現代の総力戦は戦場と銃後が一体となり、人々の生活も内面も全てが戦争に前のめりになっていく仕組みである。戦争は私たちの足元から立ち上がる。その自覚が必要なのだろう。 大切なのは戦争は嫌だと感情的に受け止めるだけでなく、戦争について知り、考え、問い続けることだと重信さんは強調する。正義を振りかざさず、一人一人が戦争のイメージを「経験」として積んでいく。戦争を二度と起こさないためにできることであろう。