高倉健さん没後10年…肌で感じたすごさの記憶を思い出させてくれた言葉と背中を押されたような思い
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム> 映画俳優・高倉健さんが、2014年(平26)11月10日に83歳で亡くなってから、10年がたった。NHK BS等で特集が放送されている中、東京・丸の内TOEIで7日にスタートした「没後10年 高倉健特集 銀幕での再会」初日を取材した。 同劇場は、55年に「東映ニューフェイス」2期生として東映入りし、翌56年1月29日公開の「電光空手打ち」「流星空手打ち」(ともに津田不二夫監督)で主演デビューした高倉さん縁の劇場だが、25年夏の閉館が決まっている。場内には若き日の写真や代表作のポスターなどが飾られた。 初日は、81年の「駅 STATION」(降旗康男監督)が上映され、同作の撮影を手がけた木村大作監督(85)が高倉さんとの思い出と秘話を語った。同監督は「日本の俳優で、スタッフまで指名するのは高倉健さんしかいません。作品を全て背負い、OKを出さないと作品は完成しない。いまだかつて、いないんじゃないですかね?」と断言。「昔はオーラがある人だと言えば済んだけれど、最近はオーラがある、という言葉で、その人を表現することばかり。健さんは、どういう人かと聞かれると…ただただ、すごくて対面できない人…すごさが合っている。すごい俳優さん、というのは、これからも出てこない…すごいという意味では」と評した。 高倉さんは撮影現場でいつも立っている、というのは知られた話だが、木村監督も「現場に、いつも立っています」と振り返った。その上で「自分が出番がない時も、立って、ずっと俳優を見ています。スタッフ1人1人も、ものすごく見ている。『あいつは頑張ってるな』『あいつは、ダメだな』と…。映画作りに対し、精いっぱい、自分の身をささげた人です」とかみしめるように語った。 木村監督が語った「1人1人も、ものすごく見ている」という言葉を、身をもって感じたことがある。それは、11年10月3日に岐阜県高山市内のガソリンスタンドで行われた、主演映画「あなたへ」(降旗康男監督)のロケだった。85年「夜叉」以来26年ぶりの共演となった、ビートたけし(77)とのシーンで、高倉さん演じる刑務所指導技官・倉島英二が、亡き妻洋子(田中裕子)の故郷九州へ旅する道中で、たけし演じる自称元中学教師の杉野輝夫と語る場面だ。 記者が現場に到着した時、高倉さんはセルフサービスのガソリンスタンドで、上からつり下げられた給油ノズルを何度も引っ張って下げるのを繰り返しては、頭上を見上げていた。本番前に、顔にかかる給油ノズルの影などをチェックしていた様子だった。たけしが現れ、共演シーンを演じた中で休憩に入ると、現場では座らないスタンスを崩し、たけしと並んで座って7分間、談笑もした。 同行した取材陣は、少し離れたところから一連の動きを見ていた。記者は、かつてサッカー担当記者をしていた頃、記者席からピッチを見る際に使っていた小型の双眼鏡を持参し、一挙手一投足を見逃すまいと観察し続けていた。 その中、我々をアテンドし、高倉さんの映画の宣伝を長年、手がけてきた製作・配給の東宝のベテランスタッフから注意を受けた。「村上ちゃん、何やってるんだよ。健さん、気にしてるんだよ」。すかさず「遠くて見にくいんです。何が起きているか、確認するのに見ているだけです。望遠鏡で見ているわけでもないし、こんな小さな双眼鏡じゃないですか?」と言い返した。同担当者は「健さん『あの記者は一体、何をしているんだ?』って言ってるよ。見ているんだよ、取材している記者のことまで」と言われ、驚いた覚えがある。 高倉さんは翌4日の撮影後、たけしと一緒に囲み取材に応じた。「こういう会見、初めてだよ」と口にしたように、デビューから55年で初めての、記者を間近にしての取材だった。前日に双眼鏡で観察していたことをチェックされていたことも頭をよぎったが、思い切って質問をすると、真っすぐに目を見て、答えが返ってきた。 そして我々、取材陣がバスに乗ってロケ現場から離れる段になると、高倉さんは右手を頭上に上げて、大きく左右に振って見送った。乗っていた記者全員が、走行中にもかかわらずバスの中で立ち、何度も頭を下げたことは言うまでもない。 12年に公開された「あなたへ」は、残念ながら高倉さんの遺作となった。ラストシーンの撮影は、11年11月に北九州市の門司港で行われた。NHK BSで9日に放送された「没後10年 高倉健にあいたい」では、ラストシーンで共演した佐藤浩市(63)を、高倉さんの俳優人生最後の共演者として紹介した。記者も門司港のクランクアップを現地で取材した。当時の原稿の一部を紹介したい。 「高倉は身を切るような寒さの中、関門海峡を左手に門司港沿いの道を約100メートル、1人きりで歩くラストシーンの撮影に臨んだ。吹きすさぶ海風に負けない力強い足どりで1歩1歩、港道を踏みしめた。OKが出ると、降旗監督をはじめスタッフに囲まれ、祝福のクラッカーと拍手を浴びた。10年ぶりにコンビを組んだ降旗監督から、ロケの写真とスタッフからの寄せ書き、写真がメーキング映像風に流れるデジタルフォトフレームを贈られた。『こんなこと、してもらったことねぇよ』。そうつぶやいた後に降旗監督から『じゃあ、またお会いする機会がある日があれば…』と言われて瞳が少し潤んだ。56年にデビューして55年。18作をともにした盟友の言葉に『珍しく監督が興奮していたので、なんかグッときました』と思いを明かした。」 11日に当欄に掲載、配信された「東京国際映画祭閉幕前日に映画記者の心に突き刺さった『映画は富裕層の娯楽』の声」と題した原稿に対し、映画を愛する多くの方々からSNS上で多数のご意見、反響をいただいた。原稿にも書いたように、映画鑑賞料金は近年、値上げ続きで、1回、鑑賞するだけで1人1900円、2000円かかってしまうという嘆きの声が聞こえてくるのは事実だ。 一方で、映画が大衆娯楽であった時代から銀幕を支えてきた高倉健さんをはじめ、先人が作り上げてきたすばらしい映画の数々は、配信でも見ることができるし、今回のように特集上映の形でスクリーンで巡り会える機会もある。東京国際映画祭で「映画は富裕層の娯楽」という一般客の声を聞き、映画記者の存在意義は何なのだろうと考え、半ば打ちひしがれていた。そんな思いで向かった丸の内TOEIで、木村大作監督の話を聞き、高倉さんを取材したことを思い返し、改めて映画の素晴らしさを感じた。スクリーンの向こうから、高倉さんに「どんな形であろうとも、自分たちが本気で作ってきた映画は残っているし、見ることができる。だから、映画記者として本気で伝えていってくれよ。頑張れよ」と、語りかけられたような気がした。【村上幸将】