【難読地名】静岡駅北側の消えた「鋳物師町」読み方は? 歴史をひもとき謎解明
地名をひもとけば歴史がわかる! 静岡駅北側に、かつて「鋳物師町」という地域がありました。素直に読めば「いものしちょう」ですが、別の読み方があるのでしょうか。地元の人々の記憶と資料を頼りに謎に迫ると、静岡市の産業の歴史まで見えてきました。 【画像】「かつての地図」など画像で鋳物師町の謎に迫る(全31枚)
地元の人に読み方を聞こう!
JR静岡駅の北側、伝馬町通りとつつじ通りの交差点周辺にあったという「鋳物師町」。この地名を見た時、多くの人は「いものしちょう」と読むでしょう。その読み方は正しいのでしょうか。 鋳物と言えば、溶かした金属を型に流し込んで、冷やして固めた製品のこと。身近なものでは食器や鍋、自動車の部品にも鋳物があります。 にむらあつとリポーターは、地元の人になにか情報がないか聞いてみました。声をかけた男性は読み方を知らなかったものの、伝馬町通りにある老舗の生花店の4代目でした。 創業は戦前という生花店、父親である3代目・石部茂さんに話を伺うと、興味深い情報が得られました。 イシベフラワー・3代目 石部茂さん: 向こうの方は「いものしちょう」と言って鋳物が有名だった場所だと聞いています。うちはたくあん屋でしたが、このへんはみんな「たくあん屋」 漬物店から生花店へ意外な転身ですが、それは関係ありません! 地域の歴史を知る生花店・石部さんの情報では「いものしちょう」が有力となりました。
お宅に眠る資料を次々発見
地元の人々の記憶を頼りに調査を進めると、さらなる手がかりが見つかりました。新しい店と歴史ある店が混在する伝馬町通りを歩いていくと、雰囲気のある外観のお店を発見。 明治40年創業の静岡県唯一のお灸専門店「小山忠次郎商店」です。117年の歴史があるお店なら手がかりがありそうです。鋳物師町にまつわるものを店の人が見せてくれました。それは徳川家康公が整備したと言われる「駿府九十六ヶ町」が書かれた手ぬぐい。そのひとつとして、鋳物師町も記載されていました。 小山忠次郎商店の人: (Q.なんと読むのでしょうか)「いものしちょう」ですね、そうそうそう ところが昭和元年創業の理容室「トコランテ」で見つけた昭和39年の資料では、すでに「鋳物師町」という地名は使われておらず、「伝馬町」という名称に変わっていました。