腹をすかせたヒグマが目の前に! 恐怖は後で一気に押し寄せた なぜこんな状況に!?
人間とクマの軋轢を収めた1枚が浮き彫りにするとても大切なこと
フォトジャーナリストのヤスパー・ドゥースト氏は「ナショナル ジオグラフィック」2024年11月号の特集「野生を取り戻すヨーロッパ」の取材のために、ルーマニアのカルパチア山脈を訪れていた。 【関連動画】餌をねだる子グマと片脚のない母グマ 「木々が生い茂る山は美しく、まさに大自然という印象でした」と、ドゥースト氏は言う。 当初、ドゥースト氏は、人と野生動物が共生する姿を捉えたいと、森の中での撮影を計画していた。しかし、道路脇で食べ物をねだるクマの集団に遭遇し、急きょ取材のテーマを変更した。 結果としてすばらしい写真が撮れたが、同時にその写真は、人とクマとの接近遭遇が、ルーマニアやそれ以外の国々で野生を回復させて守っていこうとする自然保護活動家にとって、大きな障害になっていることを浮き彫りにした。
決してクマに餌を与えてはいけない
保護地域の中の道路でクマに食べ物を与えたという観光客の女性に出会い、ドゥースト氏は今回の仕事の取り組み方を変えた。 「女性は写真を見せてくれました」と、ドゥースト氏は話す。「どの写真もすばらしく、地域社会として保護活動をどう受け入れていくかを話し合うための絶好の出発点になると思いました」 南カルパチア山脈のカリスマ的存在とも言えるヒグマは魅力的で、観光客はつい餌を与えたくなってしまうのだろう。しかしその誘惑に負けた時、悲劇は起こる。 クマは臆病で、通常人間に近づくことはない。しかし人間の食べ物を数回食べただけで、その味を覚えて執着するという。すると野生のままではいられなくなる。人間に食べ物を依存するようになれば軋轢も増え、人に近づきすぎて、クマは駆除の対象になる。 2023年、この地域ではクマとの遭遇事故が95件発生した。そして2024年、クマに襲われたハイカーが亡くなると、ルーマニアにおける年間のクマの駆除の許可数が220頭から481頭に引き上げられた。ドゥースト氏は、交通事故あるいは罠によって片方の後ろ脚を失ったと思われる母グマを撮影している。 「この母グマが子どもを育てるには、道端で人間に食べ物をねだるしかありません」と、ドゥースト氏は言う。しかし、これは結局のところ、クマの親子を危険にさらすことになる。「人間に食べ物を与えられたクマは、手に負えないクマになってしまいます」 こうしたクマの発生は保護活動に思わぬ影響を及ぼす。「コンサベーション・カルパチア財団(FCC)」などが生態系の回復を目指して推し進める再野生化構想に対して、風当たりが強くなっているのだ。「森が増えればクマも増えます。地域社会が森林保護を歓迎しなくなるのもよく分かります」と、ドゥースト氏は説明する。