北海道寿都町&神恵内村「核のゴミ処分場」候補地で「90億円の交付金」と「放射能のリスク」の間で揺れる住民たち
寿都町と神恵内村は、なぜ文献調査を受け入れたのか? 寿都町の片岡春雄町長は文献調査の応募に踏み切った際、「この問題に一石を投じ、『核のゴミ』の議論の輪を全国に広げたい」と報道陣に語っていた。だが、20年11月に放映されたTBS『報道特集』内では、こんな思惑も明かしている。 【一番先に手を挙げて90億円をゲットすれば、私の寿都町での使命は終わりで、最後まで行くつもりはありません】 処分場選定において、文献調査に応募すると「20億円」、概要調査に進むと「70億円」の交付金が国から支給される。片岡町長が口にした「90億円」とは、その総額だ。 すでに2町村とも文献調査分の20億円を受け取っているが、その代償か住民の間では核ゴミの受け入れを巡り、ある"分断"が起きていた。 ■住民たちの間に起きた分断 3月上旬、記者はまず寿都町を訪れた。 同町の基幹産業は漁業だが、衰退の一途をたどっている。近年は町の特産のひとつ、小女子(こうなご/シラス)の来遊が急減し、昨年の水揚げはゼロだった。人口はピーク時(55年1万800人)から約2700人まで減少している。 20年8月13日、過疎化が進むこの町に激震が走る。きっかけは『北海道新聞(道新)』が朝刊1面で「寿都町が(文献)調査応募検討」と報じたこと。 まだ片岡町長が公表していない段階でのスクープ記事で、町民にとっては"寝耳に水"だった。この日以来、寿都町では文献調査を巡り、賛成派と反対派で二分された。反対派のひとり、神貢一さん(70歳)がこう話す。 「核ゴミの問題が出て以降、賛成派と反対派の町民が商店や病院で会ってもあいさつをせず、反対派の人が賛成派の店に行かなくなるといった分断が起きています。私自身、長年親しくしていた近隣の家とは意見が分かれ、この3年間はお互いに挨拶を交わさず、ひと言も話さない関係になってしまいました」 文献調査の受け入れは、小学生の娘を育てる母親の人生も狂わせた。 町内で美容室を営む三木信香さん(52歳)は、道新で第一報が出たその日、娘と町のパン屋にいた。そこに突然、道内テレビ局のリポーターが駆け込んできて、カメラレンズを向けられながら、「最終処分場は必要だと思いますか?」と問われたという。 「私はそのとき、処分場のことなんて何も知らなかった。でも何か答えないと帰れないかなと思って、『危険がないなら必要』と適当に答えたんです。これがテレビで報道されて。そしたらママ友や知人から『なんてこと言ったの!』『大変なことになってるよ!』とたくさん連絡が入りました」