「展覧会で三つの作品を買っていただいた 絵を描くという大変良き習慣」稲垣えみ子
元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 【写真】稲垣さんのアート作品はこちら * * * 今年は、私が参加している美術同人誌(絵を描く仲間がお金を出し合って出す冊子)「四月と十月」の創刊25周年で、都内3カ所と大阪1カ所で記念の展覧会が開かれた。私も都内の展覧会に張り切って出品。なんと三つの作品を買って頂いた。いやはや誠にありがとうございます。 ってことで、イナガキももはや立派な画家……と調子に乗りたくなるわけですが、実を言えばですね、私が同人になったのは5年ほど前で、もっと実を言えば、子供の頃を除き、ほぼ絵なんて描いたことなかった。でも絵を描ける人ってすごく楽しそうだし、ちょっとかっこいいじゃないですか。なのでぼんやりした憧れはずっとあって、会社を辞めた頃、近所のパン屋さんで開かれた小さなスケッチ教室に参加したんです。 画用紙に何か描くなんて高校卒業以来だったから、この時のお題は「パン」だったんだが、目の前のフツウのパンが全く描けないことといったら! 丸いパンが、焦って描き込むほどに、溶岩が噴出して不本意な形で固まった岩みたいな前衛的作品に。何じゃこりゃーと自分のオトロエに愕然として、それからスケッチの練習と称し、そのへんの置物とか、要するに目についたものをヒマな時にちょこちょこ描くようになり。 で、そんな頃に、友人の画家牧野伊三夫さん(「四月と十月」の主宰者)から突然冊子が送られてきて、まあ色々あって、強引に同人の一人に加えて頂いたのです。 私が売る作品のタイトルは全て「私の好きなもの」。なぜって、今私にとって絵を描くとは「好きなもの」をスケッチすることだから。単純だけど、好きなものを見つけるきっかけになるし、好きかどうか見極めるためにものを「よく見る」ようになったし、で、よく見れば大体のものは結局好きになってしまうのだってこともわかってきたし、大変良き習慣となっている。 なので、同人のお仲間に加えていただいたこと、本当に私の人生にとってとても大きな出来事だったのでした。感謝。 いながき・えみこ◆1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。著書に『アフロ記者』『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』『家事か地獄か』など。最新刊は『シン・ファイヤー』。 ※AERA 2024年12月23日号
稲垣えみ子