アラブの春やイラク戦争が中東に与えた影響とは? 黒木英充、高橋和夫、萱野稔人らが議論(2)
アメリカと中東のかかわり
萱野:いや、本当、すごいややこしい話がやっぱり出てきてしまうわけですけれども、ちょっと高橋さんから見ると、中東を理解するポイントはなんですか。一番のポイント。 高橋和夫:私はもともとイランをやってたんで、イラン中心的な史観で見るんですけど、やっぱりイラン革命以降、中東の国際政治を規定してたのはイランとアメリカの綱引きだったんですよね。だから、エジプトもサウジもみんなアメリカに付いて、イランはほとんど独りぼっちだけど、シリアのアサド政権とか、ヒズボラとかが付いてる。それを、そういう構図があったのにアラブの春以降、アラブ陣営がばらばらっと崩れた。で、イランの陣営のほうもアサド政権ががたがたときた。で、しかも、今イランとアメリカが核問題で話し合いをして、仲良くなりつつあるというんで、これまでのイランとアメリカっていう分かりやすい構図がなんかぐちゃぐちゃとなってしまって、あれ? という感じですよね。 ですから、今、イスラム国に対する攻勢、イスラム国はアメリカの敵でもあるし、イランの敵でもあるんですけど、アメリカとイランが同じ側に立ってイスラム国と戦ってるという。だから、これまでのセ・リーグとパ・リーグじゃなくて、セ・リーグとパ・リーグ、交流戦やっててという感じがちょっとして、これは見てる人は混乱しますよね。 萱野:なるほど。スポーツの比喩が結構出てきますけども。そうか。イランとアメリカがずっと綱引きをしてたと。これ、どこまでさかのぼると考えたらいいですか。イラン・イラク戦争のころももうさかのぼれるっていうことですか。 高橋:たぶんイラン革命ですよね。だから、それまではイランの政権はアメリカべったりでしたから。 萱野:なるほど。79年。 高橋:79年でぱっと。 萱野:イラン革命によって。あそこで急に緊張が高くなって、そこからずっと綱引きが始まって、で、イラン・イラク戦争が起きる。で、ずっとアメリカはイランと戦うイラクを支援し続けるけども大きくなりすぎて、結局、湾岸戦争でたたいて。という形でちょうど冷戦も終わって、その後、イラク戦争があって。ずっと、でもそれは図式はやっぱり変わってなかったわけですよね。 高橋:そうですね。 萱野:イランとアメリカが綱引きをする。その中で力のバランスをなんとか保ちながら、中東を安定化させようという意図がお互い働いたと。でも、それが崩れてきてしまったということですよね。 高橋:お互い話し合いましたからね。真ん中にいた国々は、なんなんだ、アメリカはとか思いますよね。サウジとかエジプトはね。 萱野:そうですね。なるほど。それはなかなか明快な図式かな、という気はしますけども。 高橋:うん。たいていの明快すぎる図式っていうのは間違って、詳細を排除してるんですけど、この図式もそうなんですけど、でも、詳細から入ると、本当に全体図が見えないから。うん。 ---------------------- ※書き起こしは、次回「第3部」に続きます。