藤井 風やyamaも出演、『tiny desk concerts JAPAN』知られざる番組誕生秘話
音楽番組への危機感、アメリカ版からの学び
『tiny desk concerts』はNPRが2008年にスタートさせた動画シリーズ。タイトル通り、オフィスにある「小さなデスク」で生演奏のセッションを披露する。親密なサウンドとアットホームな雰囲気が人気を博し、テイラー・スウィフトやBTSのような大物から幅広いジャンルの実力派まで、過去18年間で1200本以上のプログラムを配信。世界中のアーティストが出演を夢見るプラットフォームとなっている。 狭いオフィスで撮影することによって生じる制約、そこから生まれるエクスクルーシブなパフォーマンス。『tiny desk』が人気コンテンツになった要因を、柴﨑さんはそう分析する。 「もともと公共ラジオ局であるNPRがインターネットを手にして、映像を使った音楽コンテンツを自分たちジャーナリストのキュレーションでやろうとしたのが『tiny desk』の始まりなんですよ。そこに彼らの矜持があって。撮影用のスタジオや照明も持っていなかったからこそ、小さな机の周りでできることを撮影していった。そういう制約があったらからこそ面白いものが生まれたんですよね」 『tiny desk』の設立者はNPRの看板ニュース番組「All Things Consided」のホストも務めたボブ・ボイレンと、同局ミュージック・エディターのスティーブン・トンプソン。記念すべき第1回の出演者はシンガーソングライターのローラ・ギブソン。米フェス・SXSWでローラのライブに足を運ぶも騒音で歌声が聞こえなかったため、ボブのデスクに彼女を招いて演奏させたのが始まりだった 星野源を迎えた『おげんさんといっしょ』『おげんさんのサブスク堂』というチャレンジングな音楽番組を通じて、視聴者の好奇心を大いに刺激してきた柴﨑さんは、『tiny desk』の存在を早くから認識していた。 「『おげんさん』を2017年に始めたとき、星野さんと『tiny desk』について話しました。番組の第1回で、狭いキッチンに林立夫さんのドラムを入れたり、石橋英子さんにピアニカを吹いたりしてもらったのも『tiny desk』の影響なんです」 その一方で、テレビの最前線で活躍してきた柴﨑さんは、ネット上の音楽コンテンツに対して脅威を感じていた。 「コロナ禍を経て、最近はアーティストがダイレクトに発信するようになったじゃないですか。YouTubeなどを見てもそうだし、MVも20年前とは比べものにならないほど作家性が上がっていて、アーティストの自己表現の一つになっている。そちらの方が自由度も高いし、『面白そうなことをやってるな』って感じがするんですよね。僕らもテレビで面白いものを作っているつもりだけど、既存のレールの延長線上でしかない気もする。そういう危機感があったので、今『tiny desk』を一緒に作ってる若いディレクターたちと、たくさん予算をかけて、スタジオに大きなセットを作って、派手な照明を駆使して……みたいな既存の音楽番組とは違うものを作りたいと話し合っていたんです」 そんなところに去年の夏、アメリカからの働きかけで思わぬ転機が訪れる。 「NPRとNHKは公共放送どうしで繋がりがあるんですよ。それでNPRの渉外担当と、NHKのニューヨーク支局のスタッフに交流があったみたいで、先方から『tiny desk』の日本版をやりませんかと提案されたんです。ちょうどその頃、韓国版の『tiny desk korea』(昨年10月スタート)を立ち上げる関係でNPRのスタッフが何度もソウルを訪れていたので、東京にも立ち寄ってもらい、ミーティングを重ねながら実現に向けて動いていきました」 今年3月にはワシントンにあるNPRのオフィスを訪問し、R&Bシンガーのヤヤ・ベイ(Yaya Bey)が出演した回の『tiny desk』(今年4月17日配信)を視察している。「僕らは日程的にすれ違いだったけど、ジャスティン・ティンバーレイクの回(今年3月15日配信)はすごかった。あの狭い空間に16人もミュージシャンを入れるだなんて相当チャレンジングですよ」と語る柴﨑さん。『tiny desk』のリサーチを進めるうちに番組づくりの常識も覆されたそうだが、特に衝撃的だったポイントは? 「音が裸ですよね。モニターがないというのは今日の環境からしたら普通はありえない。 そういうふうに撮影しているらしいというのは知っていましたが、ワシントンで収録を見てきたら本当にそうなんです。みんな耳をそばだてて演奏している感じ。だからこそ他にはない、パーソナルな音像が生まれるんですよね」 どうやったらアメリカ版『tiny desk』のような音と雰囲気が生み出せるのか。NPRのスタッフと対話を重ね、彼らの手法とポリシーを受け継いでいくことで、柴﨑さんとNHKの制作陣は多くの学びを得ていった。 「ミュージシャン同士の間隔が15センチ動くだけで、音の聞こえ方がまったく変わるんですよ。そういう並び方や距離感のノウハウを彼らは持っている。彼らのやり方を見て、自分たちでやってみると全然違うんですよ。あとは狭いオフィスだから大きなカメラは入れられなくて、彼らは一眼の小さいもので撮っていたので、NHKでそういうカメラはあまり使ってこなかったけど、技術スタッフに扱い方を勉強してもらいました。それから彼らは『tiny desk』をドキュメントとして捉えているので、 間違えてもやり直しをさせないし、それこそがアートだと本気で信じている。だから僕らもアーティスト側に、『これは一期一会のステージなんです』とリハーサルの段階から伝えるようにしています」