ムーブ町屋の妙なスペース、地上4Fのパラダイス…鎌田順也ゆかりの地に思いを馳せる
コントグループ・テニスコートのメンバーである神谷圭介が、2022年に立ち上げたソロプロジェクト・画餅(えもち)。画餅という屋号は、「絵に描いた餅」ということわざをもとにした言葉で、「かわいい・滑稽・哀愁がある・想像や妄想する事の尊さ」という神谷オリジナルの意味が込められている。「それもまた画餅」と題したこのコラムでは、神谷が妄想力をフルに生かして、日常の中に潜む「それもまた画餅」と感じた事柄を自由につづる。 【画像】画餅 特別公演「ホテル・アムール」ビジュアル(他4件) 神谷率いる画餅は去る9月、故・鎌田順也による戯曲「ホテル・アムール」をリブートして上演した。今回のコラムでは、鎌田がホームグラウンドとしていた東京都荒川区、北区周辺に思いを馳せる。 ロゴデザイン:神谷圭介 ■ ムーブ町屋の妙なスペース こんにちは神谷圭介と申します。画餅(えもち)という舞台を中心にしたプロジェクトを主宰してる者です。画餅とは絵に描いた餅ということわざを漢字2文字にしたものです。今この原稿はWordで打ってますが「画餅」が予測変換で出てきません。なので「画用紙」って打ってから「用紙」を消して「餅」と打ちます。面倒です。生成AIを効率よく操れることが新たな職業になりつつある現代において「画用紙と打ってから用紙を消して餅と打つ」という無駄な時間を割いてこの原稿を書いています。 9月末に画餅の公演「ホテル・アムール」が開催されました。昨年若くして亡くなられた鎌田順也君がナカゴーという劇団で11年前に上演した作品をリブートするかたちで上演させてもらいました。唯一無二の独特で面白い劇作家であった鎌田君の作品に自分も関わってみたかったという気持ちがありました。亡くなって1年過ぎてこのまま鎌田君の作品が風化していくのは何か嫌だなという気持ちもあり、画餅としては初めて自分以外の作家さんの作品を上演することにしました。この段階ではもう画餅はコピペさせてもらっています。 僕が初めてナカゴーの舞台を観たのは、およそ10年ほど前になります。東京の下町、町屋にあるムーブ町屋という施設の中にあるよくわからないスペースでの公演でした。劇場ではない妙なスペースでした。「妙なスペース」とカッコで括りたくなるような、そんな部屋でした。部屋の正式名称は「会議室Aハイビジョンルーム」だそうです(編集注:荒川区町屋区民事務所の移転に伴い、ムーブ町屋の「ギャラリー」および「会議室Aハイビジョンルーム」は2023年3月末をもって廃止された)。 照明を吊れない部屋だからなのか工事現場などでよく見かける作業灯が床に転がっており、その灯りで劇が行われていました。衝撃的に面白かったことを今でも覚えています。内容の奇抜さのせいか演者を床から煽る照明はナカゴーにとても似合っていました。 それはまるでエドガー・ドガの絵画で描かれている踊り子を彷彿とさせるライティングでした。舞台上で怪しげな煽り照明を受ける踊り子のように俳優たちが舞台に立っていました。 これはたまたまなのですが、画餅「ホテル・アムール」の照明も煽り照明でした。いつもお世話になっている照明の岡野さんが用意してくれたプランでした。岡野さんは超絶に優秀で勘が良い照明さんです。岡野さんはナカゴーを観てきた方ではないにも拘わらず、台本の印象から感じ取り下からの煽り照明を選択したそうです。岡野さんが超絶優秀な方であるのがこのことからもわかっていただけると思います。画餅「ホテル・アムール」の煽り照明を客席から観ながら、初めてナカゴーを観た町屋の「会議室Aハイビジョンルーム」のことを感慨深く思い出しました。 ■ AIによる概要 鎌田君は東京の下町出身で、町屋や王子など東京の北区で公演をすることが多かったようです。北区と言えば、自分もそれを観るためだけ行く土地という印象がありました。ナカゴーという劇団名も鎌田君の家の近所にある家具屋の店名だったようです。 調べたら「AIによる概要」でそう出てきました。 余談ですが最近は検索をするとまず「AIによる概要」が表示されます。 ついこの間、過去の公演の時期や詳細を調べるためタイトルをネット検索した時の話です。2017年にテニスコートで行ったコント公演のタイトルが「水をたくさん飲んできたので結構」だったのですが「AIによる概要」は以下のように出ました。 “AIによる概要 「水をたくさん飲んできたので結構」は、東北のある集落で「娘さんを嫁に下さい」を暗に示す言葉として使われていた逸話です。この逸話によると、かつてその土地の大名家を訪れた武士が「水をたくさん飲んできたので結構」と言い続け、用意されたご馳走を一切口にしなかったという逸話があります。大名は武士の姿に感心し、娘を嫁に出したと語り継がれています。” なんでしょうかこの逸話は。やはり無料のAIの精度ではとんだガセネタを掴まされることがあるから気をつけなければいけません。しかし不思議とどこかで聞いたことのある話だなあと思った瞬間に思い出しました。もう7年も前のことで直ぐに思い出すことができなかったけれど、これは当時公演の挨拶文に自分が書いた文章が元になっているのではないか。そう確信しました。 正式な挨拶文はこうです。 “東北のとある集落では、女の両親に結婚の許しを得るため挨拶をしに行った男は、用意された食事を一切口にせず断るという風習がある。 これは、かつてその土地の大名家を訪れた武士が「水をたくさん飲んできたので結構」と言い続け、用意されたご馳走を一切口にしなかったという逸話に起因している。この質素で我慢強い武士の姿に、大名はいたく感心し娘を嫁に出したのだと語り継がれている。 以来「水をたくさん飲んできたので結構」は「娘さんを嫁に下さい」を暗に示す言葉としてその土地に根付いた。 一方、どうしても娘を嫁にやりたくない親は食事を断らせぬよう懸命になった。目の眩むようなご馳走を用意したり、それでも口にしないような者は羽交い締めにして無理やり口にねじ込むようなことさえあった。また、ご馳走にありつきたいがために裕福な家の娘に求婚し、ただ飯ただ酒にありつくような詐欺まがいな輩も現れたというのだから手に負えない。という嘘を思いつきました。最後まで読んでくれてありがとうございます。 この村は全て幻です。” 公演内容にほとんど関係のないこの挨拶文のことを完全に忘れていましたが、この文章がサイトに載り、情報として咀嚼され、「AIによる概要」として流布されているのだと気づきました。適当なことを書いてはいけないという教訓にしたいところだけど、それもまた画餅です。 ■ 地上4Fのパラダイス 話を北区に戻しますね。 王子駅近くの北とぴあという施設で行われたナカゴーの公演を観に行ったときでした。近くのビルの1階に大きなガールズバーの看板がありました。看板にはこうあります。「地上4Fのパラダイス」「階段で4Fまで」。 エレベーターのない建物で4階まで階段。かつて東十条のアパートに住む友人の手伝いでエレベーターのない5階の部屋に物を運び入れたときの記憶が蘇りました。5階までの階段を往復しながら「エレベーターのない5階建ては法で禁じろ」と当時は思ったものです。でも今となっては、これが北区だよなと感慨深くもなります。 看板の前には営業中のプラカードを持ったガールズバーの女性が立っていました。しばらくするとお店から出てきた女性にプラカードを渡して交代し店に入っていきました。2人ともヒールの高い靴を履いています。彼女たちがお客さんを連れてヒールで4階まで何往復もすることを考えると、このお店の女性たちのふくらはぎの鍛え込まれ方に思いを馳せてしまいます。1日何往復するのだろう。相当に足腰を鍛え込まれることでしょう。生成AIを効率よく操れることが新たな職業になりつつある現代において「階段で4階まで何往復もする」という無駄な時間を割き、地上4Fのパラダイスに誘う。何ですか? 地上4Fのパラダイスって。4Fは階段で登るにはしんどい高さですが、パラダイスというほど眺めが良い高さではありません。階段で4階まで登る苦行が最良のスパイスとなり美味しいお酒とお喋りが楽しめるのでしょうか。山頂で食べるカップヌードルは美味しいみたいなことでしょうか。 ちなみに「山頂で食べるカップヌードル」と調べてみると “AIによる概要 山頂でカップヌードルを食べるには、山小屋の売店で購入したカップヌードルはお湯を利用できます。ただし、持参したカップヌードルにお湯を提供する山小屋はほとんどありません。また、お湯は有料で対応していない山小屋もあります。” というなんか期待していたのと違う話が出てきました。でも、それもまた画餅です。 □ 神谷圭介 プロフィール 千葉県生まれ。コントグループ・テニスコートのメンバーで、ソロプロジェクト・画餅の主宰。玉田企画、ブルー&スカイ、犬飼勝哉、東葛スポーツの作品や、NHK大河ドラマ「青天を衝け」などに俳優として出演するほか、マレビトの会の「福島を上演する」に作家として参加。ダウ90000の蓮見翔を作・演出に迎えた公演「夜衝」を玉田企画の玉田真也と共同企画した。