仏像巡りの原体験ができる「定山渓温泉の三十三観音」【アンヌ遙香の北海道仏像ワンダーランド】

文・アンヌ遙香 仏像愛好家の方にとって、その仏像そのものの魅力はもちろんのこと、どういった場所で拝観するかというポイントも非常に重要だと言えるでしょう。 写真はこちらから→仏像巡りの原体験ができる「定山渓温泉の三十三観音」【アンヌ遙香の北海道仏像ワンダーランド 例えば奈良の長谷寺。 門をくぐると、切妻造の「登廊（のぼりろう）」が現れますが、その登廊の階段を1段1段上っていくあの感じもたまらないものです。階段を上り切った末に拝観できる十一面観音のありがたさ。 ロケーションそのものが放つ魅力というものも、仏像巡りにはなくてはならない要素です。 本日ご紹介したいのは、札幌の奥座敷と言われている定山渓温泉。 慶応2年の開湯から155余年。 かっぱ伝説などもあり、古くからの歴史ある温泉街は多くの人を魅了し続けています。 かつては社員旅行や修学旅行でも賑わった定山渓ですが、昨今のブームにより立派なサウナを併設したホテルなども増え、インバウンドの需要も右肩あがり。 また魅力溢れる目にも美しいデザート店やおしゃれなパン屋さんなども周辺に次々と誕生。 美しいマカロンのようにも見えるこちらのデザートはなんとアルファベットでMONAKA。 坂ノ上の最中という菓子工房で、最中皮で挟んだムースの中にジャムやあんこが入れられた新感覚スイーツなのです。 一方で私が幼い頃家族旅行の際に購入した思い出もある昔ながらの温泉饅頭屋さん（大黒屋）も健在で、ほっとする雰囲気を醸し出しています。

扉の奥に広がるのは手掘りのトンネル

新しいものと古いものがうまく混じり合い、いつでも最高の観光地であり続ける定山渓ですが、 その定山渓に知られざる洞窟があり、その中に無数の仏像が祀られている……という事実を知っている方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。 定山渓と言えば真っ赤な吊り橋、見事な渓谷にホテルの数々。心躍らせながら、土産物店や、味のあるスナックなどを横目に散策をすると…… 岩戸観音堂なるお堂が現れます。 昭和11年（1936）、定山渓温泉の発展を願って建立。 かつて小樽と定山渓温泉を結ぶ道路工事の際に多くの方が亡くなり、その魂を祀るためという意味合いもあったようです。 お堂の天井には定山渓で活躍した芸者さん達から奉納された赤いちょうちんがずらりと並びます。 この御堂の中は不思議な静寂に包まれています。そしてその奥に……ひっそりと一枚の扉が。 実はこの扉を開けると、その先にとんでもない仏像ワンダーランドが広がっているのです。 扉を開けると……そこにはトンネルが!! 一歩一歩、進むにつれて空気がどんどんひんやりとしていくのがわかります。 二、三人がやっと並んで歩ける位の幅のコンクリートでできた薄暗いトンネル状の洞窟が長く長く目の前に続いているのです。 現在のお堂は昭和42年（1967）に、建立当時木造だった観音堂と同じ外観で、コンクリート製にし再建されたもの。 しかし、祭壇横から繋がるこの120mもの洞窟は建立当時に手で掘られたままのものとのことでした。 その後、洞窟はたびたび補修がされ現在に至ります。 それだけでも本当に貴重な貴重な文化財と言えるでしょう。 咳払いをすると、自分の咳払いがワンワンワンと響いて、耳元に帰ってくるような不思議さ。 しかし目の前に広がる世界は無音。 そして仄暗い中どんどん前進すると壁が時折くり抜かれており、その中に一体一体観音様が祀られていることに気づきます。 こちらは三十三観音。 中にはほとんど仏様の原型がわからないようなものもあったりしますが、それはそれで、多くの人の心の拠り所であり、形がなくとも貴重な存在であるという信仰の原点のようなものを感じさせてくれます。 全体的にプリミティブな印象。 決して歴史的にものすごく古いものというわけでは無いですが、多くの人に愛されてきた時間が積み重なっていることがありありと感じられます。 洞窟内に安置されている、33身の観音様は地元の方々から寄進されたもの。 仏像巡りをしていると、それが重要文化財であるか否かや、造形的に美しいのかどうかばかりに目がいってしまう方、思い当たる節はありませんか。 そもそも仏像と言うのは、多くの人の心の拠り所になるべく、あるときには懐中されたり、あるときには撫で回されたりと、人々の生活にピッタリと密着した存在であったはず。 忘れがちである仏像の原点のようなものを思い出させてくれる存在感がここの仏像にはありました。 手彫りの洞窟を体験するだけでも、充分、大きな感動に包まれるはず。 仏像巡りの原体験がここにはあります。 取材協力：岩戸観音堂 – 定山渓観光協会公式サイト アンヌ 遙香（あんぬ・はるか） 元TBSアナウンサー（小林悠名義）。現在は札幌中心にフリーアナウンサー、文筆業、美容やアロマテラピー、話し方講座などのスクール講師として活動。出演番組：HBC北海道放送の情報番組「今日ドキッ！」のコメンテーター等。