ハイエイタス・カイヨーテが語る自由、宇宙、サイケデリック 愛と喜びのチート・コード
実験と洗練のプロセス
─『Choose Your Weapon』(2015年のブレイク作)では一曲の中でどんどん構造が変わっていく曲がいくつもあって、それがハイエイタス・カイヨーテの特徴にもなっていました。それに対し、『Love Heart Cheat Code』は展開がかなり少なくて、すごくシンプルになっているように思います。 ネイ:私の見方としては、自分たちの表現方法や演奏技術を分かりやすくしなくなったというか、バンドとしての洗練度が上がっているんだと思う。今でも曲の中で拍子を変えたりしているけれど、『Choose Your Weapon』の方が突飛な感じがするのは、バンドとしてサウンドを洗練する方法が見出せていなかったからかなと。例えば、デヴィッド・ボウイの「Changes」は、誰もが聴いたことのある曲で、ラジオでもかかっているし、みんなも一緒になって歌うような曲よね。でも実際に「Changes」を演奏してみようとすると、あの曲って実際には音楽的にすごく複雑なの。オープニングの転調(モジュレーション)はすごく変わっているのに、彼の作曲の仕方が巧みだから、聴いても耳障りな感じがしない。そういう意味で個人的には、洗練度が上がったんだと思ってる。 ペリン:僕の解釈としては、『Choose Your Weapon』の方がかなり凝ったプロダクションになっていたから、曲の中でも違うセクションに移る時は、サウンドもガラリと変わっていたことが多い。リスナーには、そういう変化や、プロダクションの部分が聴こえるんだと思う。僕たちは当時のプロダクション作業に関わっていたから、どんなプロダクションだったのかはよく覚えている。プロデューサーのサラーム・レミは、僕が実際に演奏できないような音をプロダクションで加えていた。だから僕は、その後にライブに向けてその音を練習したんだ。 前作の『Mood Valiant』(2021年)には、凝ったプロダクションもあったけれど、自分たちがスタジオで演奏できるサウンドにこだわった作品だった。だからオリジナルの録音素材が非常にリッチなサウンドになっていて、その上にプロダクションを加えていった。そして、今回のアルバムは、より洗練されていて、レイヤーを何層も重ねるということに重きを置かなかった。自分たちが本当に伝えたいことの本質により近づけたと思うよ。 ─前回の取材で『Mood Valiant』では、スタジオ近くにあった空の貯水槽を使って面白いサウンドを作ったと話していました。今作もそういうサウンドの実験をやったんですか? ペリン:たくさんある! そういうのは毎回やってるし、たくさんありすぎて覚えていないくらい。 ネイ:洗面所からリアンプした時もあったし、コインやおもちゃをチェンバロの弦の上に乗せて叩いたり……そういうことはしょっちゅうやっている。「White Rabbit」には“チェス盤の上の男たちが立ち上がり、どこに行くべきか指示するとき”という歌詞があるから、「チェスの駒が落ちている音が必要だ」って思って、友達からチェスボードを借りて、チェスの駒を落とす音を録った。曲を普通に聴いてもそんな音は聴こえないから、誰も気づかないかもしれないけれど、私は知っている(笑)。そういうのはたくさんある。「How to Meet Yourself」という曲には友人でギター職人のチップが参加しているんだけど、彼は「フレロ」という楽器を自分で発明した人で、このアルバムではその楽器を演奏している。すごくオリジナルなことだと思わない? ペリン:ああ、彼は最高だ。 ネイ:テイラー・クロフォードという名前で、天才よ。あとは、ベンダーが私のためにハンガーとスカーフでポップガード(マイク用のノイズ保護フィルター)を作ってくれた。あれは笑った。 ペリン:節約版ポップ・フィルター、ハイエイタス・カヨーテではよくあることだ(笑)。オカリナとか笛も使ったよね。本当にたくさんあったよ。 ─「White Rabbit」はジェファーソン・エアプレインの同名曲にインスパイアされたと聞いたんですけど、アルバム全体がよりサイケデリックになったと解釈できる気もして。その辺りいかがでしょうか? ペリン:曲によってはその通りだと思うよ! ネイ:私たちは昔からサイケデリックだったと思うし、今でもサイケデリックよ。 ペリン:そうだな。奇妙な世界から色々なものを取り込んでいる。リスナーをどこか別の世界へ連れて行ってくれるものや、何かを思い出させてくれるサウンドはなんでもサイケデリックだと思う。そういうサウンドというのは言葉にできないし、これという定義もない。それがサイケデリックな要素というのかもしれないね。限界の果てまで行って、新たな視点を得る。そういう旅路を経験したことのある人は、サイケデリックな音を再び聴いた時に、その経験が思い起こされるかもしれないし、そうでない人は、曲のミドルパートを聴いて一緒に歌うことで曲を楽しめるかもしれない。人それぞれの楽しみ方があり、それは各自で自由に楽しんでもらえたら嬉しい。サイケデリックな旅路をしたい、こだわり派の人たちは、そのサウンドを追求すればいい。 ネイ:「White Rabbit」はオリジナルのヴァースを全て使ってはいないけど、実はカバーなんだ。サイケデリックに関する質問と、スタジオでの実験的な質問の両方に関連する話で、この曲は偶然できたというか。あるとき、私はベンダーと一緒にいてオムニコードで遊んでいた。オムニコードは最近、ゴリラズも自身の曲でリズムトラックに使用していたけど、電子自動ハープみたいな楽器で、ちょっと野暮ったいリズムセッティングがある。それをベンダーのベースのディストーション・ペダルに通したら、「ドゥードゥドゥドゥ、ドゥドゥドゥ」みたいな音になった。通常の使い方で音を出すと、すごく可愛らしい音が出るんだけど、ヘヴィなディストーションをかけると恐ろしい音になった。「White Rabbit」はそんなふうに、二人でオムニコードをいじって遊んでいたらできた曲。 スタジオに「アリス」という名前のミキシング・コンソールがあって、そこに白いウサギ(White Rabbit)の絵が描いてあった。だから、ディストーションがかかったオムニコードの恐ろしいリズム・サウンドに合わせて、原曲の歌詞の覚えている部分だけ歌った。とても原始的で変だった。そこからレイヤーを重ねていったの。ベンダーはチェロの弾き方を覚えたから、チェロの音も入っているし、サイモン(・マーヴィン:Key)は足でペダルを踏んで演奏するハーモニウムを弾いている。でも、実はペリンがハーモニウムの下に這いつくばって、手でペダルを押していたの(笑)。そういう変な実験から始まった。 ペリン:そうそう(笑)。 ネイ:ジェファーソン・エアプレインのオリジナル版「White Rabbit」は私も大好きなんだけど、原曲はBセクションがポジティブな雰囲気になっていて、その部分のモジュレーションは私たちがやっていた実験の雰囲気と合っていない気がしていた。だから、そこに関してはドビュッシーの「月の光」を参照することにしたの。「勝利・成功」した感覚を喚起したかったから。 この曲はたくさんのアーティストにカバーされていて、サイケデリックの青写真のような存在だと思う。サイケデリック・ミュージックから連想する曲といえは「White Rabbit」でしょう? だから、この曲をカバーするとき、みんな60年代風のサウンドにしようとする。でも、私たちは今、60年代に暮らしているわけじゃない。現代の私たちには新しいドラッグもあるし、新しい戦争も起きている。サイケデリックには「意識の拡張」というテーマが60年代からずっとあるけれど、今の私たちにとって意識を拡張してくれるものは最新テクノロジーだと思う。世界の反対側にいる人たちとコミュニケーションができる。それってサイケデリックなこと。この曲を長年手がけてきたのは、現代という時代において「White Rabbit」という曲は、どんなサウンドになって、どういうものを象徴しているのだろうということをずっと考えてきたから。どうやったら、過去に逆戻りすることをしないで、サイケデリックな要素を残すことができるだろうって。ジェファーソン・エアプレイン以上にあの曲を上手にやれる人は絶対にいない。そんなことはやろうとすること自体が無駄。だったら曲のテーマだけ残しておいて、新しい表現をした方がいいと思う。 ─そうですよね。 ネイ:この曲についてのオタク情報をもう一つだけ。曲の最後の方で、私はスペイン語で歌っているんだけど、最近知ったのは、ジェファーソン・エアプレインはマイルス・デイヴィスの『Sketches of Spain』に強い影響を受けていたということ。だからギターがフラメンコ音楽みたいなモードで演奏されている。彼らが受けた影響を引用して、私たち独自の解釈として表現したというわけ。