元箱根駅伝スターの大迫傑と神野大地はなぜ福岡マラソンで明暗を分けたのか
神野は、2週間前にも右アキレス腱を痛め、レース中に左足のまめがつぶれるアクシデントもあった。23km付近から両脚の大腿四頭筋(太腿前の筋肉)に張りが出て、終盤は脚がつりそうになりながら走っていたという。 厳しい初マラソンになったが、「こんな状態でも2時間12分台で走れたので、やってきたトレーニングは間違いではなかった。次回は大腿四頭筋を強化して臨みたい」と今回の結果をポジティブにとらえていた。 ハプニングがあったなかでの初マラソンとしては悪くないだろう。今回の反省を生かすことができれば、次回は大幅にタイムを伸ばす可能性もある。 ふたりの違いで言うと、神野は「2時間8分59秒」という目標を立てていたのに対して、大迫はさほどタイムを意識していなかった。 「残り400mまでタイムは見ていません。最後も前に選手が見えたので、少しでも差をつめようと走りました。結果的にあと20秒速ければ2時間6分台だったんですけど、そこまでは考えていなかったので良かったなと思います」 大迫の目標はシンプルに、「自分の力を100%出す」ことだった。 「終盤も他の選手のことは考えず、自分のリズムを大切に走りました。今回は自分の力を100%出せたと思います。そのなかで1位と2位の選手は僕を上回っただけで、今後も100%の力を発揮することを目標にやっていきたいと思います。自分のやっていることが間違いではなかったことが認識できました。まだまだ力をつけていく必要があるんですけど、1歩、1歩、地味な練習を繰り返していくだけです。今の練習をしっかり継続して、質をさらに上げていければ、もっと記録を狙えると思いますし、気象条件が良ければ、タイムはついてくるんじゃないかなと感じています」
大迫が所属する「ナイキ・オレゴンプロジェクト」はトラック種目で世界大会を席巻しているが、トラックと比べると、マラソンでの実績は乏しかった。そのなかで大迫はマラソンへの適性を見せている。 チーム方針もあり、トレーニング内容を明かすことはないが、「無駄がないと言いますか、他人のために競技をしているわけではないので、常に100%自分のために競技ができるというところがいいところかなと思っています」と大迫。 日本の実業団が行っているトレーニングとは別のアプローチでマラソンに取り組んでいる。 優勝したソンドレノールスタッド・モーエン(ノルウェー)は自己ベスト(2時間10分07秒)を大幅に塗り替えて、2時間5分48秒の欧州記録を樹立した。彼は白人ランナーだが、1年の半分近くをケニアに滞在して、現地の有力ランナーたちと一緒にトレーニングをしているという。 福岡国際の6週間前にはハーフマラソンで59分48秒の自己新をマークするなど、アフリカ勢が猛威をふるうロードレースで急上昇している選手だ。タイム的には世界のトップと2~3分の開きがあるが、「日常のトレーニングにフォーカスしてそれを長期的に継続していくことが結果に結びついてくると考えています。肌の色は違いますけど、彼らに勝つのは可能だと思っています」と話していた。 レース後の記者会見で大迫が口にした言葉に、日本マラソン界の現状が見え隠れしている。 「ここまで信頼できるコーチは日本で巡り合えなかったので、感謝しています」と話したからだ。人間としてではなく、コーチとして大迫の期待感を満たしてくれる“スキル”が日本には不足しているのだ。 ダグラス・ワキウリやエリック・ワイナイナなど、かつては日本の実業団チームで練習を積んだケニア人選手がオリンピックでメダルを獲得した。しかし、もう日本のマラソントレーニングは時代遅れなのかもしれない。そのなかで大迫と神野の“予感”は的中するのか。ふたりのさらなる進化を期待せずにはいられない。 (文責・酒井政人/スポーツライター)