なんと家の真ん中に森がある! 自然を囲むように建てられた総延長80メートルの建築家の自邸 その驚きに満ちた室内とは?
建築家が自邸に込めた空間づくりのアイディアとは?
雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、緑豊かな高崎市の郊外に建つ建築家の自邸。正面から見ただけでは分からないが、実はこの家、チューブのような建物が、中央にある木々をぐるりと囲むような不思議な構造をしており……。ご存知、デザインプロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。 【写真13枚】森を囲むとはどういうことか? ドローン写真が見せる家の真ん中にあるこんもりとした樹々 建築家が自邸に込めた空間のアイディアを写真で見る ◆住宅が疎らな緑豊かなエリアに 群馬県のJR高崎駅からクルマを走らせること30分。近くに湖が、遠くには高崎の市街地が見える、見晴らしの良い丘の中腹に、建築家である伊藤昭博さん(52歳)の自邸は建っている。住宅が疎らな、緑豊かなエリアだ。奥さんと、大学生の長女、中学生の長男の4人でこの家に暮らす伊藤さん。長女が小学校に上がるタイミングに合わせてこの地域に引っ越し、10年前に家は完成した。以来、建物周囲の植栽は良い雰囲気に成長。杉板が張られた外壁は日に焼けたが、自ら黒く塗り直したことで、築10年の歳月を感じさせない状態を保っている。 来客分を含め4台分の駐車スペースがある伊藤邸。白いミニはポール・スミスの限定モデルだ(1998年製)。「本当はMTで乗りたかったが、将来、長女が運転することを考え、ATを選択した」と話す。若い頃に憧れていた建築家が乗っていた影響で、これまで4台のミニを乗り継いだ。 一方、レンジローバー・ディフェンダー(2016年製)は、縁があっての購入。仕事柄、荷物の運搬などがあるため、大型RVは必要なうえ、家族でのキャンプにも欠かせない。豊かな自然環境のエリアに家を建てたので、周囲からは「キャンプに行かなくなるのでは」と心配されたが、実際はその逆。自然の中で過ごす時間により惹かれるようになり、以前より増してキャンプに出掛けるようになっている。 そんなミニとレンジローバーを、TPOに応じて乗り分けている伊藤さん。ミニは手元に来て3年、ディフェンダーは5年になる。ちなみに奥様のクルマはジープ・コンパスである。 ◆長さ80mの家 建物を正面から見ると、2階が張り出し、ミニに雨が掛からない庇になっているように見えるが、さにあらず。普段ミニは、ディフェンダーの後の格子扉の奥の屋内に停められている。家の前面からの眺めでは全く想像できないが、伊藤邸は1本のチューブが、中庭の木々をぐるりと取り巻いたような建物。玄関から2階の張り出し部まで、ひと続きの空間が続いている。上の写真の上から見た写真だと、その構造がよく分かるだろう。しかもその長さが、総計80mにも及ぶというから驚きだ。 この普通とは違う家には、ちょっとした逸話がある。長男が4歳の頃、幼稚園で「自宅の絵を描く」という課題があった。そこで実際の家の通り、家の真ん中に森がある絵を描いたところ、事情を知らない新任の先生は、驚いて他の先生に確認したことがあったそうだ。それだけ伊藤邸は、普通の家の概念を超えている。 もっともこの家は、形を優先させて生まれたものではない。伊藤さんは、現在、高崎市PTAの副会長を務める教育熱心な人。伊藤邸は、それまでの建築家としての経験も含めて考えた、子供たちが成長できる家を具現化させたものだ。 ◆あえて居場所を作る 「例えば体育館のような大きな四角い空間だと、落ち着く“居場所”がありません。ところがこの形であれば、家のあちこちに居場所が生まれるんです」(伊藤さん) そんな伊藤邸が建っているのは、南北で2mの高低差がある土地。チューブ状の家は、途中で30cmずつ床面が高くなって、上階へと続いていく。しかも途中に空間を仕切る壁が存在せず、大きな窓が家の中央の森のような庭に面しているため、床面積以上に広さが感じられる。 沢山の居場所がある家は、空間の使い方もユニークだ。玄関から入ってすぐは、絨毯が敷かれたスペース。ここは洗濯ものを畳んだり、すぐ横のお風呂から出た後に寛いだりするためのエリアだ。その先はタイル敷きで、ピアノが置かれている。ダンスをする長女が練習することの多い場所で、壁収納の扉を開けると、鏡が現れる。 さらにその先は、ダイニング・キッチン。大きなテーブルは、普段から家族が集まる交流の場でもあり、勉強や仕事をするのにも使われている。このダイニングの隣には、2階に続く2本の階段があり、1本の階段の先は畳の敷かれた眺めの良い部屋。もうひとつの階段は、子供たちの机が置かれた空間につながっている。 伊藤邸にはベッドは置かれておらず、家族は自分の好きな場所に布団を敷いて眠ってよいというルールがある。そう聞くと各人が気ままに行動しているようだが、「家族仲はかなり良い」と伊藤さんは語る。 家を建てる際、家族で地元群馬産の丸太を選びに行ったことも大事な思い出だ。子供たちは、山に生えている木が柱になることを想像できないでいたので、貴重な学びの機会になった。しかも、子供たちが選んだ丸太に大きな傷があっても、彼らの選択を尊重し、自邸の柱にした。それから10年たったが、その柱に挟まれた大きなガラス窓は、今もスムーズに開閉する。家の各所を、長い付き合いの職人たちが、驚くほど高い技術で仕上げたからだ。 高崎という地方都市にもかかわらず、際立つ個性の伊藤邸は、建築専門誌だけでなく、テレビの取材も何度かあった。唯一無二の存在であるこの家が、多くの人々を惹きつけることを長男は間近に見て育つ。そんな彼は、父親の仕事を誇らしく思っており、将来は同じように建築家になりたいと考えているそうだ。 文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー) 写真=田村浩章 ■建築家:伊藤昭博 1972年、群馬県高崎市の隣町である前橋市で生まれ、地元を拠点とした建築家になることを早くから志す。10年ほど建築現場の管理を行いつつ、独学で建築を学び、2000年にHIRO建築工房を設立。以来、高崎・前橋を拠点に群馬県内外に、家族が暮らしやすい住宅を設計。 ■ジョースズキさんのYouTubeチャンネル、最高にお洒落なルームツアー「東京上手」! 雑誌『エンジン』の大人気企画「マイカー&マイハウス」の取材・コーディネートを担当しているデザイン・プロデューサーのジョースズキさんのYouTubeチャンネル「東京上手」。建築、インテリア、アートをはじめ、地方の工房や名跡、刺激的な新しい施設や展覧会など、ライフスタイルを豊にする新感覚の映像リポート。素敵な音楽と美しい映像で見るちょっとプレミアムなルームツアーは必見の価値あり。ぜひチャンネル登録を! (ENGINE2024年8月号)
ENGINE編集部
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