「第8回横浜トリエンナーレ」開幕レポート! 世界中の「生きづらさ」を照らし、絶望から生き抜く術を見出すための現代アート。横浜美術館ほかで開催
魯迅『野草』:絶望を出発点に
トランスナショナルといえば、本展テーマ「野草:いま、ここで生きてる」の由来となった著作『野草』を記した、魯迅(1881~1936)の人生がそうである。 1902年から7年に渡り日本に留学した魯迅は、医学を専攻しながら西洋の文学や哲学にも大きな関心を持ち、中国の近代文学の元祖として第一級の知識人となった。その文学作品は、のちに日本の教科書にも採用され親しまれてきた。 詩集『野草』(1927年刊行)は、魯迅が中国で直面した個人と社会の厳しい現実が描かれている。1911年に起きた辛亥革命によって古い秩序を象徴する清朝が倒れたものの、中国社会が根本的に変わることはなかった。こうした敗北感を抱きながら、絶望を自分の出発点とした魯迅。しかし同時に、こうした暗闇から抜け出すための模索を続け、個人の運命と人間性について思想を深めた。 アーティスティック・ディレクター、キャロル・インホワ・ルーが会見で語った力強い言葉を紹介したい。 「『野草』には魯迅の宇宙観と人生哲学が込められており、あらゆる制度や規則、統制に超然と立ち向かい、個人の生命の抗い難い力を、高潔な存在へと高めた存在であり、希望ではなく絶望を出発点としています。 私たちが本展のオファーを受けたのは、まだコロナによるロックダウン中の2021年末のことでした。まずテーマの構想に関してはいくつかの事項の検討を行いました。 はじめにトリエンナーレのような大規模な国際展は、資本やアートマーケットが大きな力を振るういっぽうで、たんなるスペクタクルとなってしまっており、歴史的な深みの欠如や現実との乖離といった課題を抱えていることに気がつきました。私たちはこれらの課題に取り組みたいと考えています。 第2に私たちはこのトリエンナーレに、今日私たちが置かれている複雑な歴史的状況を反映させていと考えています。 第3に私たちは人間社会の活動や経験、歴史をつぶさに見つめ、私たち自身や友人、隣人の歴史から学ぶことができると信じています。英雄のように成功した人物だけでなく、多くの一般的な庶民の人生を描きたいと考えています。 近年の様々な危機の連鎖は、人間の存在の脆弱な状態を明らかにしただけでなく、20世紀に考案された政治制度や社会組織のモデルの様々な限界を露呈させています。社会主義体制の衰退と東西の冷戦終結に続く現在の世界秩序は、新自由主義経済と保守政治の支配によって特徴づけられています。新自由主義体制は、市民ではなく消費者を、共同体ではなくショッピングモールを生み出します。個人が互いに阻害され、自己認識が道徳的に破綻し、社会化が弱体化した原始的社会を作り出しました。 私たちは今日の経験を芸術的なアプローチで表現する必要性を感じており、このトリエンナーレで今日版の『野草』を構成したいと考えています。 」