タイ 美術館&ギャラリーガイド。現代タイを考えるポリティカル/ソーシャルなアートスペース7選+α(文:福冨渉)
【バンコク】Nova Contemporary(ノヴァ・コンテンポラリー)
BTSシーロム線のRatchadamri(ラーチャダムリ)駅近く、周囲を高級ホテルと大きな公園に囲まれて、都心の喧騒と隔絶された雰囲気を醸しているのがNova Contemporary(ノヴァ・コンテンポラリー)だ。 2016年にオープンしたこのギャラリーは、タイをはじめとする東南アジアの若手アーティストの作品を積極的に紹介している。今年の7月には、日本でもたびたび紹介されているAraya Rasdjarmrearnsook(アーラヤー・ラートチャムルーンスック)が、多くの犬たちと暮らす日常のようすとその生と死を描いた映像作品《Three Stories from Ban Wang Hma(Dog’s Palatial House)》が上映されている。 直截的な政治性というよりも、アーティストの個人的な興味関心と、もう少し大きな歴史や社会の文脈を上手に接続するような展示の多い印象だ。たとえばSaroot Supasuthivech(サルット・スッパスッティウェート)による展示「IF I CAN MAKE ONE WISH…」(2023)では、第二次世界大戦中に日本軍が敷設した泰緬鉄道の建設作業に徴用され命を落とした東南アジアの労務者たち、連合国の捕虜たちの姿を浮かび上がらせる映像作品が印象的だ。 本記事の執筆にも協力してくれた、Tada Hengsapkul(ターダー・ヘーンサップクーン)の「YOU LEAD ME DOWN, TO THE OCEAN」(2019)では、ベトナム戦争中に米軍が駐留したアーティストの故郷ナコーンラーチャシーマー県における、戦争の記憶とナラティブを丁寧に掘り起こしながら、それを個人史とも絡めようとする。 周辺の環境も相まってか、落ち着いた空気の中でゆったり作品のなかに沈んでいくことができるギャラリーだ。
【バンコク】N22
バンコクの南部、チャオプラヤー川を挟んで向こう側はもうサムットプラーカーン県という場所にあるアートコミュニティがN22だ。ナラーティワート・ラーチャナカリン通りのソイ22(ソイはタイ語で小路の意)に位置するこの場所に、7つのギャラリーが集まる空間が誕生したのは、2017年初頭のことだ(その後、参加ギャラリーの数には増減がある)。人がいない時間帯に行くと、本当に郊外の倉庫に迷い込んでしまったような気持ちになるのだが、もう一歩だけ足を前に踏み出すと、「N22」の書かれた文字の奥に、多くのギャラリーの看板が見えてくる。 そのなかで、政治的・社会的なテーマの展示を多く開催して、とくに若い世代の観客を集めているギャラリーのひとつが、Cartel Artspace(カーテル・アートスペース)だろう。2024年10月22日まで開催されている若手アーティストRonnagorn Kerdchot(ロンナコーン・クートチョート)の「Death of Place Death of People」は、社会的な死と消滅をテーマにした絵画作品群の展示だ。軍事政権下で新型コロナウイルスの感染者数が増加し、ひとり死者が出るたびにひとつ描いたという大量の頭蓋骨が、時代とともにその意味が変質していく王室関係の名所などを描いた白黒の絵画とともに、小さな空間に並ぶ。 N22の中でもうひとつ紹介するならGallery VER(ギャラリー・ヴァー)だろうか。2006年オープンのこのギャラリーは、N22のオープンにあわせて移転してきた。2023年に開催されたSudaporn Teja(スダーポーン・テーチャー)の「LANNA ANNAL ANNEX」は、アーティストの出身地であるチェンマイ県をかつて支配したラーンナー王国の最後の王と、現代の同じ土地に生きる美容師を「髪」でつなぐ映像とオブジェクトの展示だ。バンコクによる中央集権化によって小王国が「タイ」に吸収されていった歴史を振り返っている。 なお、最寄り駅はBTSシーロム線のSaint Louis(セントルイス)駅かChong Nonsi(チョンノンシー)駅だが、Googleマップ上でも徒歩30分強。ほぼ一直線なのだが、日本人の感覚で駅から歩こうとすると、途中で諦めたくなることうけあいだ。くれぐれもタクシーや配車アプリの利用を(帰りもマスト)。 公式サイト(Gallery VER):https://galleryver.com Facebook(Cartel Artspace):https://www.facebook.com/Cartelartpace/ Facebook(Gallery VER):https://www.facebook.com/galleryver/ Instagram(Gallery VER):https://www.instagram.com/vergallery