盃支度/執筆:勝見充男
友人と、そば屋で一献、という話になると、私は鞄の中に盃をひとつ忍ばせるのが慣わしだ。 勝見充男さんの1ヶ月限定寄稿コラム『TOWN TALK』を読む。 仕事柄、部屋の中に散乱している盃の中から「今日はコレ」と決め、それを何かの容器に包み込むのだが、ごくありふれた桐の箱では仰々しい。自分の盃を持っていく事自体不自然である事なのに、それでも出来るだけさり気なく盃を取り出すには、その盃に合ったブリキの茶缶やフィルムの缶、または、プリントされた西洋のお菓子の缶だって好ましい。それだけに、普段から骨董市などでは、それに適う容器を物色するのを忘れない。 今年の春、代官山で開かれた“フランス蚤の市”に古着を捜しに行ったら、雑貨のコーナーでこの黒い容器に目が止まった。漆のような地に、細かい金彩の文様は、このような容器の他にトレイや手鏡などに使われたり、西洋骨董屋界隈では割と目にする物だ。特筆すべきは、その材質で紙を固めた物であり名称は“パピエマシェ”という。いかにもフランス語らしい響きで、口にすると心が浮き浮きする。浮き足立ったままに即座にこの容器を買い求め、その日の古着は買わず、これひとつを抱えて帰途に着いた。その間、中に入れる盃の事が頭の中を駆け巡り、ハッと思いついたのは、数ヶ月前に買ったコロ茶碗。染め付けの図柄は“よろけ文”といって、初見の物だった。 帰宅するなり、このコロ茶碗を布に包み、パピエマシェの容器に入れると、これがまた寸法違わず見事に収ってくれた。 その一瞬、まるで天下を取ったかのような喜びに我ながら呆れてしまった。 他人からすれば取るに足らない出来事かも知れないが、この小さな発見や喜びが積み重なって、骨董屋としての今の自分が在るのだ。
プロフィール
勝見充男 かつみ・みつお|1958年、東京、新橋に、骨董家の次男として生まれる。学生時代に西洋骨董に惹かれ、やがてやきものをはじめとする和骨董の世界に魅せられていった。西洋骨董家で10年修行の後、祖父からの屋号、自在屋を継いで四代目となった。自在屋に相応しく、和洋の枠を超えた自由な、発想と、柔らかく洒落たセンスで新しい潮流を作り続けている。テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」鑑定士。著書に「骨董自在ナリ」(筑摩書房)「そう、これも骨董なのです」(バジリコ)「骨董屋の盃手帳」(淡交社)「勝見充男大全」(目の眼) 他に雑誌などで監修、寄稿も多数。 photo: Yuki Sonoyama, text: Mitsuo Katsumi, edit: Eri Machida
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