立花孝志氏が元県民局長の「公用パソコンデータ」を公開 「悪名は無名に勝る」戦略の源流
「当選したらこんだけのお金が手に入りますよ」
最初は消極的な反応しか返ってこなかったため、立花はドバイにまで赴き、参院選出馬の説得を試みた。立花がスカウトした理由は「ガーシーch」の登録者が数百万人を超えたという事実のみだ。その時々でもっとも勢いのある、あるいは数字を動かしているユーチューバーに声をかけていくというシンプルな方針のもと口説きにかかった。 最大の口説き文句は「99%当選する。当選したら3億円を払う」「国会議員になれば会期中の不逮捕特権もある」、である。 動画収益によって借金返済の目処(めど)が立ったとはいえ、借金と同額の3億円が東谷にとって魅力だったのは間違いない。さらには国会議員になることによって不逮捕特権が得られるのだ。事件化のリスクを抱えながらドバイに逃亡した身にとっては喉から手が出るほど欲しい特権だった。実際、東谷は、2022年5月30日の「出馬表明演説」でこう語っている。 「立花さんからお話を頂いた時に僕が乗っかったのは、まず一つはご存知の通りお金です。当選したらこんだけのお金が手に入りますよと。喉から手が出るくらい欲しいお金です。弁済がすべて終わると思ったんで。もう一つ、不逮捕特権。国会が開かれてる間であれば逮捕されないよと」
「点数をつけるのなら120点よ」
当時の立花ら旧N党にとってもガーシー擁立は死活問題だった。彼らにとって参院選における最大の目標は、「政党の維持」、より正確に言えば、政党要件を満たし、収入を得ることだ。「国会議員が5人以上」もしくは「国会議員が1人以上所属し、前回の衆院選か前回・前々回の参院選のいずれかで得票率が2%以上」という条件をクリアすれば、多額の金が党に入るのだ。まず国会議員の歳費が年間約2180万円、ここに年額1200万円の「調査研究広報滞在費」が加わる。参院議員であれば議員個人に対して任期6年間で総額2億円が支払われる。さらに前出の政党要件を満たせば、億単位の政党助成金が党に支給される。23年、彼らには約3億3000万の支給が決定している。 年によって増減はあるものの、任期中に計十数億円を手にいれる計算が成り立つ。これらの金の原資はすべて税金である。 当時のN党には2025年に改選を迎える参院議員が1人しかおらず、この参院選の結果次第では、「政党」としての危機を迎えていた。「NHKをぶっ壊す」のワンイシューで伸び悩んでいた党への支持を取り付けるために、何をすべきか。とにかく話題を振りまくしかない。「悪名は無名に勝る」というのが彼らの戦略だった。立花が語る。 「ここまでの流れに点数をつけるのなら120点よ。テレビも新聞も散々報道して、うちの名前を宣伝してくれた。連日、流れるのよ。宣伝効果を考えれば十分なんてものではない。ガーシーの発信の内容をおかしいと感じるとか、政治に関心が高い有権者は元々、うちに投票なんかしない。我々が狙っているのは、普段は選挙に行かないような50%の人々であり、そこを開拓できればいい。もとから投票に行く50%の人々に訴えても振り向いてくれないが、行かない層を振り向かせれば議席は取れる。そんなに簡単なことではないが、ガーシーにはそれができた」 比例区から出馬した東谷は、選挙期間中も一度もドバイから帰国することはなかったが、インターネットと本人不在の選挙活動だけで旧N党の9名のうち最多の約28万票を獲得し、当選を果たす。 *** その後の東谷氏の帰国、逮捕、公判についてはここでは割愛する。興味深いのは立花氏の「有権者観」と「戦略」だろう。ターゲットにするのは「政治に関心がない有権者」とまで割り切った戦略はズバリとハマり、成果を上げた。今回の兵庫県知事選でターゲットにしたのは「新聞・テレビに不信感を持つ有権者」だったのだろうか。 石戸氏は最近、再び立花氏に2度インタビューする機会を得た。その際の印象を踏まえて、立花氏についてこう語る。 「本人もはっきりと認めていましたが、実は立花氏はガーシー問題以降、兵庫県知事選前までかなり危機的な状況でした。2024年衆院選では沈黙し、何もなければ来年夏の参院選で政治家生命は終わっていたかもしれない状況だったのです。それが兵庫県知事選で斎藤知事を応援するという策で一つの“空気”をネット上で作り出したことで、反メディア、反エリートを標榜するポピュリストとして息を吹き返しました。 しかも、以前よりも人々の関心は増していて、立花氏が言っていることは間違っていない、あるいは一理あると考える岩盤支持層も強力です。石丸伸二氏の都知事選をサポートした選挙プランナーの藤川晋之助氏との協力関係も築きつつあります。 先日、立花氏はN党について『反社会的カルト集団』との評を書き込んだ相手に起こした名誉毀損訴訟で敗訴しました。そこまでの存在かどうかは別として、私自身は立花氏の主張にすぐに飛びつくより慎重に検証したほうが適切だと考えています。しかし、社会の受け止め方のほうが変わりつつあるのは間違いないでしょう。 最近、立花氏は地方の首長を目指すと宣言していますが、それも非現実的な目標ではなくなっていると私は思います。この事実をかなり重く見ないといけないのではないでしょうか」 ともすれば「キワモノ」扱いされがちな立花氏だが、その選挙に懸ける熱量と策略を侮ってはいけない、というのが石戸氏の見立てだ。確かにガーシー擁立、都知事選での非常識なポスター作戦等々、つぶれてもおかしくない局面を何度も迎えながらも立花氏は生き残っている。意識的に「嫌われ者」として、社会をかき回すことに成功しているのである。
デイリー新潮編集部
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