「あの人の炎はもう消えかかっている」――鳴らない電話、NYの空を見上げピート・ハミルとの別れを覚悟した
「ピートとはもう終わったんだ」
久しぶりに早く仕事が終わったので、マディソン街からセントラル・パークを抜けて歩いて帰ることにした。ずいぶん春めいてきた公園を歩きながらニューヨークの空を眺めるうち、連絡がないのなら会わなくても良いと思えてきた。いっそのこと別れてしまおうか。激しく燃えた恋であったけれど、あの人の炎はもう消えかかっている。そのことを冷静に考えないと自分が惨めになるだけ……。 ピートにはたぶん、次のガールフレンドができたのだろう。わたしという人間はこれだけ傷つき苦しまないと何もわからないのだろうか。 わたしはこの半年間、夢を見ていたことを実感した。ピートとはもう終わったんだ。そう悟って、日本へ帰りたいという衝動が初めてお腹の底から湧き上がってくるようだった。そうだ、日本へ帰ろう。4月になったらしばらく帰国しよう。 (第5回に続く) ※『アローン・アゲイン 最愛の夫ピート・ハミルをなくして』より一部抜粋・再編集。
青木冨貴子(アオキ・フキコ) 1948(昭和23)年東京生まれ。作家。1984年渡米し、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。1987年作家のピート・ハミル氏と結婚。著書に『ライカでグッドバイ――カメラマン沢田教一が撃たれた日』『たまらなく日本人』『ニューヨーカーズ』『目撃 アメリカ崩壊』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く―』『昭和天皇とワシントンを結んだ男――「パケナム日記」が語る日本占領』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。ニューヨーク在住。 デイリー新潮編集部
新潮社