朝ドラ『虎に翼』尊属殺人罪は平成まで存在していた!? あくまで“重罰規定”が違憲とされた運命の最高裁判決の裏側
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』は、最終週「虎に翼」が放送中。山田よね(演:土居志央梨)と轟太一(演:戸塚純貴)が弁護を担当する尊属殺人事件の被告人・斧ヶ岳美位子(演:石橋菜津美)に対して最高裁判決が下される日がやってきた。結果として美位子は「殺人罪」で裁かれて執行猶予がつき、新潟へと旅立つ。しかし、この判決の裏側にはドラマでは描かれなかった法曹の葛藤と対立、その後の社会に残された課題があった。 ■尊属に対する罪の規定そのものが違憲とされたわけではない モデルとなった事件において最高裁判決が下されたのは、昭和48年(1973)4月4日のことだった。事件が起きたのは、昭和43年(1968)10月5日だったから、約4年半の月日が流れたことになる。 第一審(宇都宮地方裁判所)で「正当防衛・過剰防衛」が認められて「被告人に対し刑を免除する」という判決が出た後、控訴審(東京高等裁判所)では一転して「原判決を破棄する。被告人を懲役3年6カ月に処する」という実刑判決が下された。 主な争点は「刑法第200条:尊属殺人罪は、日本国憲法第14条が規定する『法の下の平等』に反する=違憲か否か」だった。おさらいしておくと、刑法200条「尊属殺人罪」は「自己又は配偶者の直系尊属を殺したる者は、死刑又は、無期懲役に処す」と規定しており、刑法199条「殺人罪」が「死刑又は無期もしくは3年以上の懲役」と規定されているのに対して非常に重い処罰を科されていた。なお、殺人罪の法定刑は平成16年(2004)の刑法改正で「3年以上」から「5年以上」に引き上げられている。 どれほど情状酌量の余地があろうと、法に定められた減刑を適用しようと、尊属殺人罪である限り「懲役3年6カ月」が下限となった。執行猶予は宣告刑が3年以下でなければ適用できないため、尊属殺人罪に執行猶予はつかなかったのである。これを踏まえると、被告人・A子さんを有罪とした第二審も最大限彼女の減刑を図ったことがわかるだろう。 そもそも、昭和25年(1950)には、最高裁判所が「尊属殺人罪は憲法に違反しない」という合憲判決を下していることから、これを覆すのは難しいと思われていた。その高い壁に挑んだのが、被告人・A子さんの弁護を引き受けた大貫大八氏、正一氏親子である。 根気強く尊属殺人罪が違憲であるという主張、そして様々な角度から被告人・A子さんの罪をどう規定するべきかを論じ、とくに最高裁での口頭弁論は今なお語り継がれる「名演説」となった。 ここからは最高裁判所が公開している判例集から、できるだけ簡単に読み解いていきたい。 大法廷において審理に参加した15人の裁判官のうち、多数意見となった8人は「普通殺とは別に尊属殺人罪を設けること自体は合憲だが、その内容(処罰)があまりにも重たいということが差別的であり違憲である」と考えた。また、6人は「重罰規定はもちろん違憲であるし、尊属殺人罪そのものも違憲である」とした。残る1人は「立法府(国会)の判断に委ねるべき案件だから、自分としては尊属殺人罪を違憲とする結論には賛成できない」とした。 15人による審理を経て、時の最高裁判所所長・石田和人は、次のような判決を下す。 「原判決を破棄する。被告人を懲役2年6カ月に処する。この裁判確定の日から3年間刑の執行を猶予する」 判決理由文にはこのように記されている。「刑法200条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限っている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法199条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲法14条1項に違反して無効であるとしなければならず、したがって、尊属殺にも刑法199条を適用するほかはない。この見解に反する当審従来の判例はこれを変更する」 ただし、判決理由文のなかには次のような一文も存在した。「普通殺のほかに尊属殺という特別の罪を設け、その刑を加重すること自体はただちに違憲であるとはいえないのであるが、しかしながら、刑罰加重の程度いかんによっては、かかる差別の合理性を否定すべき場合がないとはいえない」 この裁判では被告人・A子さんを尊属殺人罪ではなく刑法199条の殺人罪で裁くこととし、法に従って2年6カ月まで減刑した。これによって執行猶予がつけられるようになり、3年間の執行猶予がついたのである。さらに、刑訴法181条1項但書「被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない」が適用され、第一審と第二審の訴訟費用もA子さんには負担させないこととされた。 さて、この世紀の判決が下された後、法務省は頭を悩ませた。尊属殺人罪そのものを削除せずとも、刑を軽くする内容への改正さえできれば違憲ではなくなる。しかし、大法廷でも条文そのものが違憲か、重罰規定が違憲かという点で意見が対立していたことを鑑み、ひとまず尊属殺人罪の条文はそのままにしておくことにした。そして、尊属殺に対しても199条の殺人罪を適用することで波風を立てないようにしたのである。 そのため、この判決をもって、尊属殺人罪は条文としては存在するものの、事実上適用されないものとなり、死文化していった。刑法から「尊属殺人罪」という規定が削除されたのは、平成7年(1995)の改正時である。時の内閣総理大臣は第81代・村山富市氏だった。 ちなみに、尊属殺と同様に加重規定があった「尊属傷害致死罪」については、この裁判の後に違憲とする裁判が起きたものの最高裁は「違憲とするほどの重罰規定ではない」と合憲判決を出していた。しかし、前述の平成7年の刑法改正時、尊属傷害致死罪、尊属遺棄罪、尊属逮捕監禁罪などをはじめとするすべての尊属加重規定が削除されている。 <参考> ■最高裁判所判例集
歴史人編集部