映画『一月の声に歓びを刻め』:三島有紀子監督の思いをのせた“3つの島をつなぐ声”
性暴力のサバイバー役に前田敦子
第1章の洞爺湖篇に登場するのはマキ。性被害に傷つき命を絶った自分の娘を思い、おのれの男性性を罰して、女性として生きることを選んだ父をカルーセル麻紀が演じる。 第2章の八丈島篇は、交通事故に遭った妻の延命装置を外したことに罪の意識を抱き続ける誠(哀川翔)が主人公。男手ひとつで育ててきた娘の妊娠を知って揺れる心の動きを見つめる。 第3章の堂島篇では、5年前に別れた元恋人の葬儀で堂島に戻ってきたれいこ(前田敦子)が、「レンタル彼氏」を生業にする行きずりの青年とホテルで一夜を明かし、翌日ある行動に出る。 3つの物語はすべて、演じる役者を想定しながら書いたという。 前田敦子については、以前から一緒に映画を作りたいという思いがあった。別作品でオファーをして出演を引き受けてもらえていたのだが、撮影が延期になってしまった。 「前田さんが出ている映画を観たり、インタビューを読んだりして思うのは、心の底から映画を愛しているということ。映画を作っている人も好き、というのがものすごく伝わってきます。今回のような非常に純粋な動機から始まって、資金も何も決まっていない作品であったとしても、われわれと同じ方向を向いて一緒に作ってくれる人なんじゃないかなって」 もちろん自身と同じ性暴力の「サバイバー」という役柄が最大の決め手であることは間違いない。 「れいこは、普段はよくしゃべり、明るくやっている営業ウーマンなんですけど、物語は元カレを失ってお葬式に向かうという非日常から始まるので、あまり”はかなげ”に見えない人にやってもらいたいというのがあって。私、前田さんには戦中戦後を生き抜いたみたいなたくましさを感じるんですよ(笑)。それもひとつひとつ思考を重ねた末のたくましさ。そういう思考の豊かさが、演じるときに人物造形を深くしてくれるだろうなと思ったんです」
役者の肉体に語らせる
洞爺湖篇は、撮影場所の家から先に決まった。以前から知るその家を思い出したとき、そこに暮らす孤独な人物の姿が頭に浮かんだという。 「性被害者の家族の話として、自分の父親がどういう気持ちだったのかなと想像し始めたんですよ。きっといろいろな後悔の中で生きたんだろうなと。私は明るく生きてきましたけど、もし映画と出会わずに死んでしまっていたら、父親はきっと自分を責め続けたでしょうね。娘を死に追いやったものは何かと突き詰めたときに、自分の肉体にもある男性器に怒りを向けるのではないか。そんなふうに自分の男性性を憎み続けて、苦しみながら孤独に、強く生きてきた人って誰だろうと考えたときに、カルーセル麻紀さんだと」 マキ役を引き受けたカルーセル麻紀は、日本でトランスジェンダーを認知させた人の先駆け。1973年にモロッコで性転換手術(当時の呼び方)を受け話題になった。性同一性障害者特例法が施行された2004年には、戸籍上の性別を男性から女性に変更している。ただし本人は、今回の役に共感したわけではなかったそうだ。 「お願いした役は、途中まで男性として生きて、結婚して子どもまで作った人だったので、本当にこの人の生き方が分からないって、ずっとおっしゃっていましたね。でも私は、映画って、演じることよりも、現場に行って感じることの方が大きいと思っています。共演者と実際に食卓を囲む時間を過ごしていく中で、何か想像していただけるんじゃないかと。3日くらいして麻紀さんが『やっと何か分かってきた』って言ってくださいました」 性暴力の被害者でも家族でもない視点から、罪の意識を見つめる舞台に選ばれたのが八丈島。かつて罪人が流刑にされた歴史をもつ島に、暴力性を内包する荒々しい牛飼いの男を立たせた。三島監督はその役に哀川翔を選んだ理由をこう語る。 「黒沢清監督の復讐シリーズや三池崇史監督のDEAD OR ALIVEシリーズが大好きで。いつか撮りたい、って言うと偉そうですけど(笑)、いつもの非日常的な役ではなく、普通の父親をやってもらったら、新しい哀川さんの表情が撮れるんじゃないかと。哀川さんは、表情やセリフだけじゃなく、行動表現が豊か。人物の表現をすべて行動に変換してくださる映画的な方なんです。今回で言うと、10年ぶりにたばこを吸う設定のシーン。口にくわえる前に、すっと匂いをかぎますよね? 私、何も言っていないんですよ」