柔らかい肉質と上質な脂 地域で築いた夢のブランド「夢咲牛」 苦境でも肥育農家が奮闘【御前崎市浜岡地区】
北部の丘陵に茶畑が広がり、南部には青くきらめく遠州灘。牧之原大茶園の南方に位置する御前崎市浜岡地区(旧浜岡町)は、黒毛和牛ブランド「遠州夢咲牛」の唯一の産地だ。温暖な環境で育てられた和牛は柔らかい肉質と上質な脂が特徴で、全国の品評会で数々の受賞歴を誇る。「夢が咲く」と縁起物として好む人もいる。近年は後継者不足などで全盛期に約40軒あった肥育農家は3軒まで減少したが、地域で築いてきたブランドを絶やすまいと奮闘を続けている。
飼料高騰、後継者不足など 苦境でも愛を注ぐ
「モ~」。11月下旬の朝、同市新野の杉浦牧場で、杉浦浩務さん(64)が肥育する牛約50頭に飼料を与えると牛舎に鳴き声が響き渡った。毛並みは黒く艶があり、出荷目前の生後約28カ月になると体格は筋骨隆々とし、体重は800キロを超える。普段と異なる仕草や表情を見せれば、餌の配合を調整したり、薬を投与したりして体調管理に気を配る。杉浦さんは「牛も人と同じで風邪を引く。栄養士や薬剤師になったつもりで接している」と愛情を注ぐ。 同牧場は70年以上前に創業。県内ではいち早く和牛の繁殖農業にも取り組み、浜岡で生まれた牛を育てる「一貫経営」にこだわる。「浜岡は山間部でも海風が届くため都市部と比べて涼しく、冬は暖かい。牛を育てるには環境に恵まれているんだよ」。繁殖用の母牛も約30頭育てていて、地元の農家から仕入れた栄養豊富な稲発酵粗飼料を与える。市内の間伐材を細断したチップを牛舎に敷くなど地域資源を最大限に生かしている。 遠州夢咲牛という銘柄は1992年、四つの旧JA(浜岡、菊川、小笠、大城)が合併して発足したJA遠州夢咲に由来。97年には御前崎市長(2016年~24年)も務めた柳沢重夫さん(77)が「和牛オリンピック」と称される全国和牛能力共進会で最高位の内閣総理大臣賞を受賞し、ブランド化の動きにつながった。
今でこそA5ランクの肉質で評価されることが多い遠州夢咲牛だが、JA県畜産センター(西部センター)の中島一寿さんは「当初は農家によって肉質に大きなばらつきがあった」と振り返る。えさの主体となるトウモロコシや大豆などを混ぜた配合飼料は研究途上で、農家によって肥育方法も異なっていた。 そこで、柳沢さんが地域全体でレベルの底上げを図るため、本来は“企業秘密”である独自開発した配合飼料を地域に広めた。現在その飼料は「遠州名人」と呼ばれ、全国の農業関係者が注目。以来、各農家が血統の優れた牛を取り入れるなど試行錯誤を続け、遠州夢咲牛は全国の品評会で上位入賞の常連になった。 近年は後継者不足に加え、飼料や設備資材の費用が高騰するなど農家にとって苦境が続く。それでも、杉浦さんは「牛の肥育や繁殖をやめてしまえば、地域の産業衰退につながる」との危機感を抱く。誰もが安全でおいしい国産肉を食べられるように「一緒に頑張っている仲間の農家とともに浜岡に根付いた遠州夢咲牛を守っていきたい」と語った。