【田原総一朗が問う】宮崎哲弥が「日本人の語彙力を再建したい」と考える深い理由、日本語はGHQにより消滅の危機にさらされていた!
● 正書法のない日本語に対する衝撃的な運動 「日本語を廃止し、英語を公用語にすべし」 田原 宮崎さんは本の中で「日本語には正書法(※)がない」と書かれていますね。 ※「音声で表現された話し言葉を、どのように書き言葉に移し替えるか」についてのルール。正しい書き方。 宮崎 はい。英語では「ウィッシュ ユ ワ ヒア」(※カタカナで近似)という発話を表記すれば、必ず「Wish you were here.」になりますね。 ところが、日本語で「あなたがここにいてほしい」と発音すれば、例えば「貴方が此処に居て欲しい」と書けます。だけど「あなたがここに居てほしい」とも、「貴女が茲にいて欲しい」とも、「貴男が此所にいてほしい」とも、書けます。これが、英語には正書法があって、日本語には正書法がない、ということです。 田原 たしかに日本語は、書き表し方が多様ですね。 宮崎 送り仮名ひとつとってもそうでしょう。「もうしこみ」だって、「申込」「申込み」「申し込み」と、いかようにも表記できる。書き方が多様なので、正書法というものが成立しないんです。 これはもう少し深く考えてみることが必要です。英語はアルファベットで書かれているので、表音文字(※)系の言葉です。話したことをそのまま書いて、そのまま読んで、意味が通じます。正書法が確立している。 ※意味にかかわりなく、音のみを記す文字 日本語も仮名文字(ひらがな、カタカナ)は表音文字です。けれど、日本語は音声や音声をそのまま写し取った表音文字列のみでは、意味が通じないのです。同音異義語が多すぎて、意味を確定できない。つまり、英語と違って、文字が意味を担っているのです。 田原 なるほど。 宮崎 PCやスマホで文をローマ字入力をすると、画面上には漢字仮名交じり文が表示されますよね。瞬時に適切な漢字を選択し、変換しているのです。私たちは、日本語ワードプロセッサーのように、音声を「漢字仮名交じり文」に変換して意味を取っているのです。 私たちは、音声を聞くとき、あるいは、平仮名だけの文字列を読むとき、頭のなかで、漢語のデータベースを参照し、適切な語を選択し、漢字に変換して、理解しているといえます。そうしなければ、音声は意味をなさないからです。 田原 耳に入った言葉を、即座に頭の中で文字に変換して、意味をとっているのですね。すべてが平仮名で書かれていると読みにくくて困りますが、文字にすることで意味がわかる。 宮崎 『教養としての上級語彙2』で例示しましたが、「なおこかんせつはずれた」という、句切りなしの平仮名文字列では、何のことやらわからない。「なお こかんせつは ずれた」「なおこ かんせつ はずれた」などと分ち書きして、少しわかるようになります。 けれど、意味を確定させるためには、「奈緒子、関節外れた」「奈緒子、関節はズレた」「なお股関節はズレた」「なお股関節外れた」と、漢字仮名交じり文にする必要があります。これだと一目瞭然でしょ(笑)。 ところが、こうした実態を無視して、「日本語の表記を表音文字にすべし」という建言が、一部の知識人のあいだから提起されます。 日本近代郵便の父、前島密(まえじま・ひそか)は、徳川15代将軍の徳川慶喜に「漢字廃止」を建議しています。これが「国字表音化論」の源流でしょう。 次いで、初代文部大臣の森有礼(もり・ありのり)は、文字だけではなく「日本語を廃止し、英語を公用語にすべし」と主張しました。また、森らが中心となった結社「明六社」が発行していた啓蒙雑誌「明六雑誌」では、啓蒙思想家の西周(にし・あまね)が、「ローマ字で日本語を表記すべきだ」と「ローマ字国字論」を唱導(しょうどう)しています。 田原 彼らはなぜ、そんなに日本語を廃したかったのですか。 宮崎 明治維新前後と終戦直後に、こうした「国語国字改良案」がさかんに興ったことを考えると、日本人が自らの文化文明に自信をなくし、欧米の巨大さ、強靭さを思い知った時期に重なることがわかります。 つまり、一言でいえば西洋コンプレックスです。明治期には「文明化」が、戦後期には「民主化」が表音文字化の口実となりました。しかし、この一見、「開明」的な国語改良観は、2つの大きな錯誤のうえに成り立っています。
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