死後3年、奥多摩で発見された遭難者 捜索のプロも「涙が止まらなかった」 “難しくない山”で起きた山岳遭難
沢は石や岩を乗り越えたりして登ることもある。また、飛び石伝いに沢を渡りながら登ることが多く、登山道の傾斜を感じにくいのが特徴だ。そのため、道に迷ったまま沢を進んでしまうと、気が付いた頃には、自分が想像していた以上に山の深いところまで入ってしまっているというわけだ。一方、尾根は末広がりになっていくため、正しいルートから外れたまま尾根を下っていくと、自分がどこにいるのか、そしてどこに向かっているのか、分からなくなってしまうのである。
正しい山道が分かりづらい地形
山を登り始めて1時間ほど。 私は15メートルくらいの高さの切り立った岩が両側にそびえ立つ箇所にたどり着いた。 このような地形を登山用語で「ゴルジュ」という。まるで、大きな門のように、両サイドに岩が立っている。 岩と岩の間も人が通れる余裕はあるが、そこは沢の水がくるぶしくらいの深さまで勢いよく流れている。ゴルジュの先も、ずっと沢が続いているのが見える。 難しいコースに挑んでいるという意識はまったくない。だから、まさかこのまま沢の中を進むなんてことはないだろうと思った。ここは景観を楽しむスポットで、先に進むには迂回しないといけないのかな。視線を上げると、ゴルジュの手前は、左右どちらも少し傾斜がきつそうだが、なんとなく土が踏みならされた道らしきものがある。正しい登山道を指し示す標識はない。木々が生い茂り、先がどうなっているかは見えないが、どちらかを通って岩を迂回すれば、ゴルジュを抜けた先に出られるのかな、と思い、右手に進んだ。 しかし、少し歩くと先に道がないことに気づいた。「あれっ」と思い、ゴルジュの手前に戻って、今度は左手を進もうとした。すると前方からこちらに複数の登山客が戻ってくるではないか。そして「ここ、登山道ではないですよ、戻ってください」と、声をかけてくれた。 どうも、ゴルジュを回避して進もうとすると、そのまま登山道から外れ、山中へ入り込んでしまうようだった。 正しい登山道は、私が最初に選択肢から外した、岩と岩の間を流れる沢の中の飛び石を伝って進むルートだったのである。 この経験を師匠に話したところ、「まだ見つけられていない人を探すため、ぜひその場所を案内してほしい!」と言われ、一緒に向かうことになった。 ゴルジュに着き、「ここで迷って、岩をよけて、左右どちらかに迂回して登ると思いました」と伝えた。 すると彼は「え? ここ?」と首を傾げた。山に精通している人間からすると、ここではゴルジュの真ん中を通るのが当然であり、迂回するなんて思いもよらないのだそうだ。 「よく見てごらん、ゴルジュの先に階段状の岩が見えるでしょ? あれが登山道だよ」 と指摘された。よくよく目を凝らせば、確かに奥の方に手すり替わりに設置された鎖が見える。 しかし、初心者ハイカーの私はこの山を登った時、「こんな沢の中を進むなんてことはないだろう」と思ったし、同じように考えた登山客も実際にいた。 遭難者につながる何かしらの手がかりがあるかもしれないと思い、師匠と共に、まずは岩の左手を奥まで進んでみることにした。 その先の道は、足元に岩がたくさん転がっていて不安定なうえ勾配もあり、とても歩きづらいものだった。私は山歩きに慣れている師匠のペースについていけなかった。 10分ほど歩いたところで、汗だくになり、私は一度立ち止まってあたりを見回した。その日の天気はとても良かったが、あたりは紅葉した木々に覆われて薄暗い。左右には、これまで見たこともないような、苔むした大きな岩壁がそびえ立っている。 その景色を見上げていると、ふと色褪せたオレンジ色の布が目に入った。