若返りホルモンが分泌され、前頭葉がメキメキ元気に…和田秀樹が「逃げずに取り組むべき」と説く"健康習慣"
■筆者が「老年医学」の道に入ったワケ 私は高校2年生の春に、ある映画を観たことをきっかけに映画監督を志しました。 ところが、その年に、大手の映画会社のうち唯一助監督試験を行っていた日活がそれをやめると発表しました。大学を出て試験を受け、映画の助監督になり映画監督になるという王道が断たれてしまったのです。 それをあきらめて映画を撮るにはどうしたらいいかを、あれこれ考えました。 その当時、さまざまな自主映画の名作が作られていたこともあって、自分でお金を作って映画を撮ろうと今度は考えました。そのために、収入も多く、映画を撮るために仕事をやめてもまた雇ってもらえそうな医者の道を選ぶことにしました。 そして、受験勉強法を工夫して医学部に合格したのです。 東大の医学部時代も、バイトにあけくれ、自主映画を撮ろうとしましたが、段取りが悪く借金だけが残り、当分は映画監督の道をあきらめ、医者として生きていこうと思いました。 医者になってからも、学生時代にバイトにあけくれていたツケで、とても周りの医者に勝てそうもありません。だから医局に残って教授をめざす道をあきらめ、別の世界で成功をめざすために老年医学の道に入るという選択をしました。 このようにして私も、いろいろな場面で「あきらめる」ことを選び、他の道に「逃げる」ことをしてきたのです。そうやって、世間の荒波にもまれているうちに、しなやかな自信を持てるようになった気がします。 ちなみに「あきらめる」を漢字で書くと「諦める」となります。この「諦」には、「物事を明らかにする」といった意味合いがあります。つまり、もともと「あきらめる」にはネガティブな意味はなかったのです。 ---------- 和田 秀樹(わだ・ひでき) 精神科医 1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)など著書多数。 ----------
精神科医 和田 秀樹