謎に満ちた「カメの起源」(中) 三畳紀に見られる不思議な甲羅
「浦島太郎」や「ウサギとカメ」といった子供が親しむおとぎ話に登場し、ペットとして飼われることも多い亀は、私たちにとって非常に身近な生き物の一つです。トカゲやヘビ、ワニなどと同じ爬虫類の一種ですが、硬い甲羅を背負った胴長短足のそのユーモラスな体つきは、他の爬虫類とは大きく異なっています。 謎に満ちた「カメの起源」(上) 中国での発見による最新研究 なぜ亀はあのように他の生き物とは違う独特なフォルムになったのでしょうか。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ大自然史博物館研究員・地球科学学部スタッフ)が最新の研究成果を紹介しながら解説する、「謎に満ちた『カメの起源』」の第2回(全3回)です。
三畳紀後期の孤高のカメ? 「プロガノケリス」
今回の記事は「謎に満ちた『カメの起源』(上) 中国での発見による最新研究」の続編にあたる。もしまだこの記事を読んでいない方、または改めて読み直してみたい方は、是非「上記のリンク」をクリックしていただきたい。 この記事において中国貴州省で最近発見された三畳紀後期(2億2800万年前)の新種新属のカメ「イオリンコケリス・シンエンシスEorhynchochelys sinensis」を、新しく発表された研究(Li等2018)のあらましと共に紹介した。 注:Chun Li, Nicholas C. Fraser, Olivier Rieppel, and Xiao-Chun Wu. (2018) A Triassic stem turtle with an edentulous beak. Nature 560 (7719): 476-479. このイオリンコケリス以外にも、いくつか三畳紀のカメの種および属が、これまでに発見されている事実をご存知だろうか?(筆者注:系統学上、今までに知られている三畳紀の全ての種が、亀目(Testudines)ではなくより初期的な(現生の亀の直接の先祖に近い)グループにあたると考えられている。そのためここでは三畳紀のモノをカタカナ表記の「カメ」と呼んで区別することにする。ちなみに英語では「stem turtles」と表現される。) 以下に三畳紀の地層から発見された主な種を、具体的な年代と甲羅の特徴や形態とともに紹介してみたい。 最初の化石がドイツ人古生物学者Georg Baurによって19世紀後半(1887年)に報告され、以来(21世紀に入るまで)「最古のカメ」の称号を冠していたのは「プロガノケリスProganochelys」だ。名前の意味は「輝かしいカメ」。亀進化の礎となる存在感がこめられているようだ。 いくつかの化石標本(その中にはかなり保存状態のいい全身骨格も含まれる)が、2億400万~2億600万年前頃(三畳紀後期)のドイツやグリーンランド、タイなど世界各地から見つかっている。 このプロガノケリスは一見して、みまがうことなきカメの体つきをしている。背中側と腹側が頑丈な甲羅で覆われていたからだ(Gaffney 1990参照)。甲羅のサイズは約90cmでずんぐりとした体型をしていた。しかし尻尾全体はとげ状の突起物で覆われていてその先端には棍棒状のものさえついていた(どことなく鎧竜アンキロサウルスAnkylosaurusを想いおこさせてくれる)。そのため現生の亀と比べると少し奇妙な動物に見えなくもない。 注:Gaffney, E. (1990). Bulletin of the American Museum of Natural History, 194, Bulletin of the American Museum of Natural History. 最初の発見から100年以上もの間、プロガノケリスはいくつかカメの起源に関する「定説」を我々に植え付けてきた。例えばカメの甲羅はその出現時にすでに立派な装甲の役目をはたしていたこと。甲羅の起源は体を外敵などから守る――いわゆる「プロテクション(保護)」――という目的が、初期進化の中で大きな比重をしめていたという仮説がたてられるだろう。 プロガノケリスの化石は、亀の起源が「陸地」(または湖沼や河川の近く)ではじまったというアイデアに我々を導いてもくれた。少なくともプロガノケリスの体つきは水の中を器用に泳ぐことには適していなかったようだ。 プロガノケリス以外、他の三畳紀のカメの化石種が(21世紀に入るまで)「知られていなかった」という事実を今一度強調しておきたい。他にデータがなければ「プロガノケリス」をもとにカメの起源と初期進化を考察する以外に道がない。 そして余談だが三畳紀のすぐ次の時代――「ジュラ紀」――に入ると、現生の亀類(亀目:Testudines)の直接の先祖にあたる種がいくつも出現している。例えばアリゾナ州のジュラ紀初期の地層から、「最古の亀」(注:カメではない)といわれる「カヤンタケリス(Kayentachelys:カヤンタ累層のカメの意)」の化石が多数見つかっている(Gaffney等1987)。少なくとも亀の仲間はジュラ紀に入ると「かなりの繁栄」を遂げていたことは以前から知られていた。 注:Gaffney, E.S.; Hutchinson, J.H.; Jenkins, F.A Jr.; Meeker, L.J. (1987). “Modern turtle origins; the oldest known cryptodire“ Science 237 (4812): 289-291. 筆者注:プロガノケリスやその他のカメの化石骨格や生態復元のイメージについて、興味のある方はぜひ画像検索などをしてチェックしていただきたい。