【推しの子】エンディングに議論紛糾……「雑な展開」「バッドエンド」は正当な評価か、漫画編集者&ライターに聞く
※本稿は漫画『【推しの子】』のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。 漫画『【推しの子】』(赤坂アカ×横槍メンゴ)の最終巻となる16巻が12月18日、発売された。連載終了時にも議論を呼んだが、SNSではあらためてエンディングまでを読み終えた読者から賛否の声が上がり続け、強烈な批判も見られる状況だ。 なかでも多く語られているのは、「展開が雑だ」「キャラクターが報われないバッドエンドで納得がいかない」という趣旨の批判だ。最終巻に収録された描き下ろしエピソードも期待した内容ではなかったと考えるファンが少なくない様子で、批判に拍車がかかっている。 本作を熱狂的に追いかけていたわけではなく、フラットな目線で眺めていたという漫画編集者で評論家の島田一志氏は、こうした批判について理解を示しつつ、「想定したエンディングに向けて、上手く描き切った作品」と総評する。 「『最終盤の展開が雑だ』という批判は的を射ていると思います。前半は丁寧に描かれていたキャラクターの心情がダイジェスト的に端折られた印象もあり、カミキヒカルがあのような怪物になってしまった経緯の掘り下げや、残された人々の描写など、ファンが期待していたことで未消化に終わった部分も大きかったでしょう。 ただ、本作のような謎解きの要素を含む作品は、謎が膨らんでいくところで盛り上がり、謎がほとんどなくなった終盤はどうしても失速するもの。スピーディに展開させないと間延びしてしまう可能性が高く、明らかに打ち切りになる作品ではないので、二人の作者が思い描いたエンディングに向けてしっかり描き切ったように思えます。最終回の東京ドーム公演で、ルビーが指を突き立てている見開きのカットがありましたが、横槍メンゴさんの『会心の作を描き切った』という自信を感じさせる、素晴らしい絵でした」(島田氏) 多くの熱狂的なファンを生み出した作品だけに、“推し”のキャラクターが報われないバッドエンドと評価する向きがあることは、作者も織り込み済みだろう。数多くの作家や漫画家の取材を手掛けているライターの立花もも氏は、「アクアには生きていてほしかったし、アクアの死を悼む人たちのあまりの多さが、彼が紛れもなくアクアとして生きてきた証であると思うと、苦しいけれど……」と複雑な思いを抱えつつ、物語に没入した読者の目線から、エンディングをこう評価する。 「アクアの選択については賛否あると思いますが、個人的には、彼ならまあ、そうするよなあという気がしています。というのも、一回目の生を生き切ったルビーと違って、アクアにはゴローという大人の男性としての自我があまりに強すぎた。兄としてだけでなく、大人として子どもを守りたい気持ちも、すごく強い人だったと思うのです。ゴローとして、さりなちゃんを守りたかった、今度こそのびのびと幸せになってほしかった気持ちを考えると、自分の可能性をすべて捨てでも、ルビーの未来を守ろうとした。その想いに、ものすごく打たれるものがありました。 アクアとして生きたい自分に気づかされる描写には苦しいものがありましたが、ゴローとしての彼がようやく死ぬことができた、ということにホッとした部分もあります。次の生では今度こそ、すべてから解き放たれて、ひとりの人間として幸せになってほしいです」(立花氏) 島田氏も単純なバッドエンドとは捉えていないようだ。想定できたエンディングを考察しつつ、実際の最終回に「納得感があった」と語る。 「これが多くの読者を傷つけない、ご都合主義的なエンディングになったらどうだったか。たとえば、アクアが作った映画でカミキヒカルが社会的に裁かれ、ルビーはアイドルとして成功し、アクアは医者か脚本家になって、ヒロインの誰かと結ばれる。そして二人はアイの志を受け継ぎつつ、第二の人生を歩んでいくーーそれはそれで読んでみたくはありますが、心に残らなかったかもしれません。 アクアの“今回の人生”の目的が、前世で医者として見守ったアイドルを夢見る『推しの子』であり、『(星野アイという)推しの子(ども)』であるさりな/ルビーを守ることであったと考えると、彼もまたある意味では夢を叶えている。ルビーはその思いを受け継ぎ、打ちひしがれることをやめて前進しており、“継承と成長”という漫画の王道を踏まえた、感動的なエンディングとも言えるのではないかと。赤坂アカさんの作家性を考えると、もっと衝撃的な終わりもあり得ましたし、夢オチも成立しやすい物語でしたから、個人的には納得感があってよかったと思います」(島田氏) 読者に様々な衝撃を与えてきた作品だけに、SNS上ではエンディングにフォーカスした意見があふれているが、あらためて『【推しの子】』はどんな作品だったのか。 「復讐劇とサクセスストーリーという、一見、噛み合わない陰と陽の要素を組み合わせて、ブレずに上手くまとめた印象があります。最近のヒット作の傾向でもありますが、無駄に引き延ばさず、物語やキャラクターが求める適度な長さで終わらせたことも、評価されていいと思います」(島田氏) 「嘘は愛、というアイの言葉の意味を、いろんな角度から考えさせられる最終巻でもあると思いました。いろんな人の、嘘。いろんな人の、愛のかたち。受けとめる過程で、ときに歪んでしまう愛。そして連鎖していく嘘。でもそのすべてを、希望に変えて世に輝きとして解き放つ、アイドルという存在を本作では描きたかったのかなあ、なんて考えたりもしています」(立花氏) さながら“究極のアイドル”のように、多くの読者の心をつかんだ作品だからこそ、賛否両論が巻き起こっている『【推しの子】』。すでに話題になっているアニメや実写映像化のほか、さらなる展開で一度離れたファンの目を再び釘付けにできるか、期待したいところだ。
橋川良寛