『おむすび』“歩”と“結”の名前に込められたもの ついに動き出した孝雄の時間
NHK連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合)は展開のスピードに特徴がある。登場人物が大きな一歩を踏み出すまでの過程はじっくり丁寧に描き、ひとたび動き出すと時間が一気に進む。そして、その時計の針を進めるのは決まって歩(仲里依紗)だ。 【写真】佐野勇斗、いよいよプロ野球スカウトから声 震災から12年。街は復興したが、心の復興は人それぞれスピードもあり方も異なるがゆえに、「さくら通り商店街」の人々の間でも衝突が生じていた。そんな中、こども防災訓練の炊き出し隊長となった結(橋本環奈)が人と人の心を結んだ第10週。結自身もこの出来事をきっかけに食べることが持つ力を改めて実感し、第11週では、いよいよ本格的に就職活動が始まる。 第51話は、その継ぎ目となるエピソード。防災訓練の打ち上げに突如、佑馬(一ノ瀬ワタル)が現れ、歩(仲里依紗)が再び仕事でロサンゼルスに行くことになる。真紀(大島美優)の死から立ち直れずにいる孝雄(緒形直人)の気持ちが少しでも軽くなれば、と中古靴の修理とカスタムを依頼していた歩。だが、「あんたを見ると真紀を思い出す」と言われて、それ以上、無理強いすることはできなかった。 そして神戸を去る当日、真紀のお墓を訪ねた歩のもとに孝雄がリメイクした靴を持ってやってくる。震災から止まっていた孝雄の時間を動かしたのは、真紀が生前、歩に語っていた言葉だ。高校を卒業したら、上京して雑誌のモデルになることを夢見ていた真紀は孝雄も東京に呼ぶつもりで、歩や結に「うちのお父ちゃんなら、どこに行っても大丈夫。日本一の靴職人なんやもん」と話していた。 それを聞いていたからこそ、歩が仕事を依頼したということを結が孝雄に伝えたのだ。その言葉に心が動いた孝雄が、歩のスケッチをもとにリメイクした厚底ブーツは、真紀も喜ぶであろう出来栄えだった。
真紀(大島美優)がギャルに憧れていた理由のひとつは……
そこで初めて真紀がギャルを目指していたことを知った孝雄に、歩は「ギャルっていうは、自分の好きなことを貫いて、周りにどう思われとうとか気にせんと、自分の人生を心から楽しむ人たち」と説明する。歩が語るギャルの定義を聞いて、ふと思う。真紀がギャルに憧れていたのは、頑固で口下手なゆえに誤解されやすいけど、そんなことは気にせず、靴職人の仕事に没頭するカッコいいお父ちゃんの背中を見て育ったからではないだろうか。 孝雄を父として誇りに思っていた真紀の生き様が、巡り巡って今の歩や結を生かしている。そして、結が歩と孝雄の心を“結”び、歩が孝雄の“歩”みを後押しした。人とは、循環の中で生きているのだと思わされる。「それよりもっとええのん作って、がっぽり請求したるわ」と歩に宣言した孝雄。暗く沈んでいたその表情に笑顔と活力が戻っていた。 孝雄の心の復興を見届け、歩はロサンゼルスへと旅立つ。糸島から東京に行ったときと同じように「仕事終わったらすぐ戻ってくるから」と言っていたが、今回も愛子(麻生久美子)の予想通り、なんだかんだすぐには戻らなかった。嵐のように現れた歩が嵐のように去っていくとともに、物語は1年後にスキップ。前回は2年進んだので、まだ短い方だ。 結は専門学校2年生になり、就職活動が始まっていた。一方、翔也(佐野勇斗)は変化球を習得してスランプを脱出し、プロのスカウトも注目するピッチャーに。もともとは翔也を支えるために栄養士を目指した結。栄養士と一口に言えども、いろいろな道がある中でどこに向かうべきかを考えるときがついにやってきた。
苫とり子