ジェーン・スー 大雪が降ると私は必ず、当時付き合っていた男を思い出す。転ばないように手をつなぎ、大はしゃぎしながら大雪の東京を2人で見た夜、私は底抜けに幸せだった
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「大雪の夜」について。大雪が降った10年前のある一夜は、スーさんにとっていつまでも特別なものだそうでーー。 * * * * * * * ◆10年前の大雪の夜 東京に久しぶりの大雪が降った。べちゃ雪ながら、まあまあ積もったほうだ。山下達郎の歌と反対に、夜更け過ぎには雨へと変わってしまったけれど。10年前に2週続けて降った雪は、もっと湿度が低かった。 大雪が降ると私は必ず、当時付き合っていた男を思い出す。 聞き分けのよい女なので、不要不急の外出を避けるように言われたら、私はじっと家に留まるタイプだ。しかし、彼は違った。どうってことないという風情で「外に遊びに行こう」と私を誘い、戸惑いながらも私はありったけの冬服を重ね着し、完全防備で電車に乗った。目的地は、夜の浅草だ。やってはいけないことをやっているみたいでドキドキした。 積雪で道路は壊滅的だったが、地下鉄はなんの問題もなく動いており、私たちはほどなくして浅草駅に到着した。地上に出ると、そこは雪国だった。私の知っている浅草ではなかった。 普段は観光客でごった返す仲見世通りがシンと静まり返っている。ヨチヨチ歩きで浅草寺にたどり着くと、屋根瓦には見たこともないほどこんもりと雪が積もっていた。まぼろしみたいだった。 しんしんと雪は降り続いた。商店街を歩くと、ベテラン芸人の写真が印刷された街灯に、ふかふかと雪が乗っている。綿あめみたい。この人と一緒にいなければ見られない風景だと胸が熱くなった。 嬌声をあげて騒ぐ私とは対照的に、彼はなんてことはない顔でサクサク歩く。雪国出身だからだろうか。雪国出身だからへっちゃらだと、私に見せたかったのかもしれない。愛情表現が得意なタイプではなかったけれど、とても愛情深い人だった。頼りがいがあるのに、頼りにさせてもらえないときもままある人だった。 ずっと一緒にいると思っていた。実際、それから何年も何年も一緒にいた。だが少しずついろいろなことがうまくいかなくなり、騙し騙しやっていたが、ある日突然、この関係はもうダメなのだと悟った。特別なことがあったわけではない。ただ、私はもうできることはすべてやった、これ以上は無理だと肚落(はらお)ちした瞬間があった。ひとりで一晩中大泣きして、「ずっと一緒にいたかったのに」なんて恥ずかしげもなく声にも出して、そこから別れを切り出すのに半年かかった。
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