秋篠宮さま 誕生日会見(全文)今でも結婚したいなら、それ相応の対応をするべき
平成とはどのような時代だったとお考えか
司会:2問目、殿下にお伺いします。天皇陛下の退位まで5カ月となりました。この30年を振り返り、平成とはどのような時代であったと考え、象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と、支えてこられた皇后さまにはどのような思いを抱いていらっしゃるでしょうか。 秋篠宮殿下:平成、もう30年、かなり長い期間になります。それを振り返って総括するというのはなかなか私にはできません。例えば平成の初めごろ、私も日本にいなかった時期もありますし、例えばそういうときにニュースでベルリンの壁の崩壊であったりとかそういうものを見て驚いたことはあるわけですけれども、平成ということですので、日本のことになろうかと思います。そうすると、幾つか思い浮かびますけれども、例えばバブルが崩壊して経済の低迷といいますか、失われた10年とか、その後も含めて20年とかいうふうなことをいわれますけれども、ちょうどそのバブルのころ、それからそのあとでもって、人々の生活のパターンというのが変わったなというのは、私なりになんとなく感じております。 また、これは大変残念なことではありますけれども、自然災害が非常に多かった。震災もありました。そしてまた近年は、豪雨であったり豪雪もあります、それから台風などでも大きな被害が出ています。そういう自然災害が非常に多い時代だったなという印象があります。 あと、これはおそらく1992年のリオデジャネイロの、いわゆる地球サミット後になるのではないかなというふうに思いますけれども、企業であるとか、それからもちろん自治体もそうですね、それから個人が、非常に環境というものに関心を持つようになり、それぞれが環境に対してどういうことができるかというのを真剣に考えるようになった時代だったのではないかと思います。 そして、いわゆるITの発達、これは、それこそ私などは昭和時代はワードプロセッサで、昭和の終わりぐらいですね、で、文書を作ってた。それがいつの間にか、もう、いわゆるパーソナルコンピューターが普及する、そしてさらにスマートフォンだ、など、いろいろ出てきました。で、以前では考えられないぐらい情報が入ってくるようになり、それからまた海外と連絡する際も、きわめて迅速にそれが行えるようになり、また、例えば海外の事情なども容易に知ることができるようになる、ある意味で国の国境がというか、ボーダーレスの時代になったなという印象があります。私自身はまだ追いついていかないところが少しありますけれども、そういう時代だったなと思います。 そして、もう1つ挙げるとするならば、日本の、日本人が、学術や芸術、それからスポーツなど、さまざまな分野でめざましい活躍をしている時代かというふうに思います。 その次の、両陛下のことについてですが、天皇陛下即位以来、象徴とはどのようにあるべきかという、象徴としての在り方について、常に模索し、考えてこられ、そして昨年の8月に今のお気持ちというのを表明されましたけども、その中に、全身全霊という言葉がありました。まさしく全身全霊でお務めを果たしてこられたと私は思います。そして皇后陛下はその陛下のお務め、それから立場を重んじ、さらに宮中に伝わる伝統を守り、継承していくことに心を砕かれながら、ご結婚以来、非常に長い期間、もう60年近くなるわけですけれども、にわたって陛下を支えてこられました。これは、なかなかできることではないと、私は思い、お二方に深く敬意を表するところです。そして、これは少し質問の趣旨から外れると思いますけれども、息子の立場として言わせていただければ、私、二十何年、一緒に過ごしていましたから、ですけども、常に笑いのある、そういう温かい家庭を築いてくださいました。そのことに感謝したいと思います。だいたい今のでよろしいですかね。いいですか。はい。