新垣結衣と瀬田なつき監督が映画『違国日記』に込めた原作への敬愛と、二人三脚で作り上げた撮影現場
人見知りで不器用な叔母と人懐っこく素直な姪の同居生活を描き、累計発行部数180万部を突破したヤマシタトモコの人気コミックの映画化『違国日記』(公開中)。主人公の小説家、高代槙生を演じるのは、映画『正欲』(23)でこれまでのパブリックイメージを覆し、更なる新境地を開いた新垣結衣。監督・脚本は『PARKS パークス』(17)『ジオラマボーイ・パノラマガール』(20)『HOMESTAY』(22)などで、キャラクターたちの繊細な心情を軽やかに瑞々しくすくい上げてきた瀬田なつきが務める。初タッグを組んだ2人が、原作への愛や二人三脚で臨んだ撮影、作品に込めたメッセージを語った。 【写真を見る】「いつまでも不完全だなと実感する」と語った新垣結衣のクールな撮り下ろしカット 大嫌いだった姉を事故で亡くした35歳の小説家、高代槙生(新垣)は、姉の娘である15歳の田汲朝(早瀬憩)を勢いで引き取ることに。年齢も性格も違う槙生と朝は、互いを理解し合えない寂しさを抱えながらも、丁寧に日々を重ねていくうちにかけがえのない関係を築いていく。 ■「原作のモノローグを削ぎ落としたのは、役者さんに任せたほうがより豊かになると思ったから」(瀬田) ――ヤマシタトモコさんの原作コミック「違国日記」の魅力はどんなところにあると感じますか? 新垣「魅力にあふれている作品なので、一つ挙げるのがもったいないくらいなんですけど…登場人物たちが大人だろうと子どもだろうと完璧ではなく、それぞれなにか抱えているものがあるところに共感しました。私が演じた槙生もトラウマのようなものを抱えていて、それをふと思い返して落ち込んだりもするけど、自覚して受け入れてもいる。私自身36歳になるんですけど、いつまでも不完全だなと実感することが日々あります。そういう人たちに寄り添ってくれるような作品だなと思います」 瀬田「ある人の不在で出会った、親子でも友達でもない年の離れた2人が一緒に生活をすることで、知らなかったことを知っていく。それがなにかゴールに向かっているわけではなく、見えてくる風景が少しずつ変わっていくという設定にまず惹かれました」 ――原作では槙生と朝を中心に、生きづらさを抱える登場人物たちの葛藤や、現実世界で起きている問題が繊細に描かれ、様々な受け取り方ができます。映画化するにあたってどのようにまとめようと考えられましたか? 瀬田「原作の持つ力強さや繊細さ、登場人物たちのエピソードを1本の映画としてどう描くか本当に悩みました。槙生と朝の関係を軸に、槙生の姉であり朝の母である実里というもう二度と会えない存在に2人がどう向き合っていくかを描けたらなと思いました。原作には頻出するモノローグを削ぎ落としたのは、映像化するのであればその表現を役者さんに任せたほうがより豊かになるだろうと思ったからです。朝の視点や槙生の視点がはっきり見えるより、暮らしをスケッチのように現在進行形で描くことで、そこにある想いや人間関係が徐々に浮かび上がっていくことを目指しました」 ――原作でも印象的だった、楢えみり(小宮山莉渚)と森本千世(伊礼姫奈)のエピソードをピックアップした意図を教えてください。 瀬田「朝がなにを見て変わっていくかと考えた時に、まずは槙生との関係が大きくありつつも、えみりと森本さんの存在は大きいと思いました。森本さんのエピソード(※原作では志望していた大学医学部で不正入試が発覚し、女子ということで不利に扱われる)は、原作者であるヤマシタさんとお話した際に、『現実に無視されてきたことでもあるので、フィクションではできることなら無視しないでほしい』とおっしゃっていたので、そこは残したいなと。映画の舞台を2023年にしたので年代に合わせて原作と少し設定を変えて描きました」 ■「朝の成長という部分に重きを置き、セリフを厳選しようと監督と話しました」(新垣) ――心に残るセリフもかなり多い原作なので、どこを残すかは難しかったのではないでしょうか? 瀬田「そうですね。好きなエピソードやセリフはたくさんあるので、あれもこれも入れたいと書いていたら尺がどんどん長くなってしまい…。何度も原作を読み直して考え、選び抜きました」 新垣「人と向き合う時に言葉を尽くすという槙生のキャラクター性は大事にしつつも、今回は朝の成長という部分に重きを置き、セリフを厳選しようと監督と話し合いました。ただ、そうすることで逆に言葉足らずになっていないだろうかとか、この一言を足すことで朝にも観てくださる方にもより伝わるのではないかとか、細かい部分までセッションできたおかげで一つ一つ納得しながら進められました」 ――まさに二人三脚で作り上げていったんですね。 瀬田「新垣さんは最初にお会いした時からすごく丁寧に脚本を読んでくださっていたので、この人に演じていただければ間違いないと感じていました。脚本を書いている段階で悩んでいたところを新垣さんも気にされていたので、そういう部分を共有できたことは心強かったです。私も槙生のことをずっと考えていたけれど、それ以上に新垣さんは槙生のことを知っているなと(笑)」 新垣「いやいや(笑)。私の役割は演じることなので、でしゃばったことをしているなと思いつつ、監督と初めてお会いした時から気になることがあればなんでも言ってくださいとおっしゃってくださったり、監督から意見を求めてくださることもあったので、疑問点や『こうするのはどうですか?』と、頭の中に浮かんだことは相談させていただきました。撮影中でもレスポンスが早くて、話し合ったことをすぐに台本に組み込んで返していただけたり、そういったところを私も心強く感じていました。」 ■「ほとんどアドリブのような撮り方のおかげで自然な朝ちゃんの笑顔が見られた」(新垣) ――もう一人の主人公である朝を演じた早瀬憩さんは、オーディションで選ばれた新星。映画の現場も初めてだったとのことですが、新垣さんとの相性はいかがでしたか? 瀬田「穏やかな現場にしたいと思っていましたが、新垣さんもリラックスした雰囲気を作ってくださいました。本当に槙生と朝の関係のような、ベタベタしてるわけでもなく、かといって冷たいわけでもない。言葉がなくても槙生が朝を心配しているような空気感が伝わってきました。朝も槙生も自由人なところがあるので、そんな2人の空気感の中で生まれてくるものをなるべく大切に撮っていけたらと思っていました」 新垣「撮影が始まってからけっこう長い期間、メインとなる槙生の自宅シーンをまとめて撮っていたので、朝から晩まで憩ちゃんと2人で過ごしました。そこで縮められた距離感は大きかったなと思います。憩ちゃんも私もマイペースなので、お互いに心地良いペースとかスペースを守りつつ、それぞれ台本をチェックしたり一緒にお菓子を食べたり。映画の現場が初めてだとは思えないくらい堂々としていて、本当に現場が好きで演技をすることが好きという感じでしたね」 瀬田「初日から自分の家のようにソファにごろんとしていて大胆だなと(笑)。現場で臆することなくのびのび演じていて、新垣さんとのバランスもとてもよかったです」 ――槙生、朝、槙生の親友・醍醐奈々(夏帆)の3人のシーンは、女性同士の連帯の描かれ方がとてもすてきでした。ひとつめは槙生の家に遊びに来た醍醐が朝と初めて出会い、“包団(ぱおだん)”というチームを結成して3人で餃子を作って食べるシーン。夏帆さん演じる明るく社交的な醍醐のおかげで槙生と朝の距離がぐっと縮まっていきます。ここのシーンは動きだけ決めてあとは自由に演じたとか? 新垣「本当に自由でした(笑)。餃子を作り始めるところからスタートして、ざっくりその場で流れだけを決めて。本番でそれ以外のことをやってもいいし、やらなくてもいいし…という感じだったと思います。ほとんどアドリブのような撮り方をしていただいたおかげで、自然な朝ちゃんの笑顔が見られたなと思います」 瀬田「あんまり何回も撮れないなと思って、長回ししたシーンです。編集していて気づいたんですが、みんなすごく熱そうで、でもおいしそうに食べていて。いい表情でした」 新垣「チーズ入り餃子がちょっと熱かったです(笑)。原作の、槙生が食べ物を口に含んだままモゴモゴしてなにを言っているのかわからないシーンがすごく好きで、オマージュしたいなと思って一気に頬張りました。あそこは朝ちゃんが思い描く“大人像”を徐々に壊していくシーンでもあって、そのために今回の映画のなかで『槙生のいろんな表情を見せたいね」と監督と話していたので、朝だけに見せる顔もあれば醍醐にだけに見せる顔もあって、それを朝が目撃した時にいい意味で“大人像”が崩れていくことを意識しました」 ――もう一つの3人のシーンもとても自然体でした。公園を歩く槙生と醍醐に合流した学校帰りの朝が、軽音部でボーカルをしたいけど立候補できなかったことを打ち明けます。そんな朝の背中を押すかのように槙生が井上陽水の「夢の中へ」を歌い始め、3人で合唱しながら歩きます。 瀬田「朝が一歩を踏みだすシーンへとつながっていくので、槙生から歌い始めることで言葉ではない表現で朝の背中を押せたらなと思って(脚本を)書きました。書いてはみたけど、公園でいきなり歌いだすって大丈夫かな?という不安はあって。でも新垣さん、早瀬さん、夏帆さんの3人だからこそ撮れた、想像以上のシーンになりました。いや、あのシーンの新垣さんは本当にいいんですよ。テイクごとにリアクションを変えていて、それは私しか知らないですけど(笑)」 新垣「槙生って無愛想な印象もありますが、無理に笑顔などを作らないというだけで本当にいろんな表情をする人だなと思うんですよね。だからあまり演技を決めすぎず、シーンごとに相手との間で生まれる反応を素直に出していました。それでテイクごとに違うことをしていたのかもしれません(笑)」 ■「誠実に向き合って日々を重ねていくことでかけがえのない関係を築くことができる」(瀬田) ――本作のテーマを「わかり合えなくても、寄り添えることを知った」というキャッチコピーが表現していますが、『違国日記』という作品に向き合ってこの言葉をどのように受け止めていますか? 新垣「すごく好きな言葉です。朝の自宅を掃除しに行くシーンで、『私の気持ちをあなたは決して理解できない。私があなたの気持ちを理解できないのと同じように。あなたの感情も、私の感情も、自分だけのものだから』というような槙生のセリフがあって。原作ではそのあとに、『だから歩み寄ろう』『わかり合えないのに?』『わかり合えないから』と続きます。こういう寄り添い方を大事にしたいなと思います」 瀬田「互いに見えているものや感じることは違っても、誠実に向き合って日々を重ねていくことで、かけがえのない関係を築くことができると槙生と朝が教えてくれました。本作を観てくださった方が映画館を出て、見慣れたいつもの風景が少しでも違って見えたらいいなと思います」 取材・文/石川ひろみ