命を突然絶たれた兄は、患者たちの「恩人」だった 大阪・北新地ビル放火殺人 遺志を継いだ妹が、2年たってやっと口に出せた「生きていてほしかった」
伸子さんはふと思った。 「兄はきっと今も、患者さんたちのことを気にしている。私に何かできることはないか」 事件から2カ月が経過した2022年2月ごろ、兄のクリニックの元患者や支援者が集うオンラインサロンが開設されることを、報道を通じて知った。開設に向けて動いていたのは障害福祉サービスなどを手がける「障害者ドットコム」(大阪市)。 すぐにこの会社を訪れると、その日のうちに代表の川田祐一さん(51)と会うことができた。何かに導かれているような感じがした。「診察や薬の処方はできないけど、話を聞くことならできる」。立ち上げからオンラインサロンに関わった。 オンラインサロンでは元患者らのその日の心の状態や近況に耳を傾ける。 「西沢先生は本当によく話を聞いてくれましたよ」 「すごく親身な人でした」「ユーモアのある先生でした」 弘太郎さんの思い出話に花が咲くこともあり、伸子さんは「献身的に患者さんを診てきたんだと思うと、自分の兄だけどすごい頑張ってきたんだろうなと思うし、兄がやってきたことの大きさを亡くなってから知った」。
▽「心の支えになりたい」 活動を機に、伸子さんは多くの報道の取材を受けることになる。当初は顔を出さず「院長の妹」として匿名で応じていた。しかし、今春、オンラインサロンで知り合った元患者のふとした一言が、伸子さんの心に刺さった。 「支援する側がオープンにならないと、される側は心を開けない」 ああ、その通りだ。伸子さんはその後、顔と名前を出して取材を受けることになった。 取材を受けながら活動を続ける根底にはこんな思いがある。 「二度と同じような事件が起きてほしくない」 谷本容疑者は、生活に困窮し孤立を深めた末に犯行に及んだとみられている。悩んでいる人の話を聞き、寄り添うことで「心の支えになるような〝居場所〟をつくりたい」。そのために心理カウンセリングや仏教の教え、考え方も学んだ。 ▽生きていく上で、何かヒントを届けたい 今春からは、兵庫県芦屋市にある公認心理師土田くみさん(58)のクリニックで月1回、お茶を飲みながらゆっくりと話ができるカフェを開催するようになった。