内部通報における「忠誠と反逆」/危機管理の切り口から見る近時の裁判例(その3)
3 最近の危機管理・コンプライアンスに係るトピックについて
危機管理又はコンプライアンスの観点から、重要と思われるトピックを以下のとおり取りまとめましたので、ご参照ください。 なお、個別の案件につきましては、当事務所が関与しているものもありますため、一切掲載を控えさせていただいております。 【2024年4月19日】 金融庁、「インサイダー取引規制に関するQ&A」を追加 https://www.fsa.go.jp/news/r5/shouken/20240419/20240419.html 金融庁は、2024年4月19日、「インサイダー取引規制に関するQ&A」に応用編(問9及び10)を追加しました。主な内容は以下のとおりです。 ●【事後交付型株式報酬における現物株式の付与】 上場会社が、役職員等に対して、その職務執行の対価として譲渡制限付株式ユニットや業績連動型株式ユニットを付与する場合、「一般的な内容の譲渡制限付株式ユニット又は業績連動型株式ユニットにおける株式の付与であれば、当該付与時点で上場会社側に未公表の『重要事実』があったとしても、当該付与が株式報酬の一種として行われるものであり、また、当該付与の条件及び当該条件充足時の現物株式の付与数並びに付与時期が当該付与時点より相当の期間前に社内規程又は契約等で規定されているものであるため、上場会社の内部情報を知り得る特別の立場にある者が当該情報を知り得ない一般の投資家と比べて著しく有利な立場で取引を行い、市場の公正性・健全性を害するということは基本的に想定されない」とされています。(問9)。 ●【株式報酬の源泉徴収額充当目的の売却】 上場会社の役職員等が、その職務執行の対価として一定期間の譲渡制限が付された現物株式の付与を受け、これを譲渡制限解除後に売却する場合、「当該売却時点において未公表の重要事実を知っていたとしても、その売却が譲渡制限解除後速やかに行われる源泉徴収税額へ充当するためのものであり、当該役職員等が指図を行わない売却の執行の仕組みが備わったものであり、かつ、これらの事項があらかじめ社内規程や契約等で規定されていれば、上場会社の内部情報を知り得る特別の立場にある者が当該情報を知り得ない一般の投資家と比べて著しく有利な立場で取引を行い、市場の公正性・健全性を害するということは基本的に想定されない」とされています(問10)。 【2024年4月24日】 公取委、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」を改定 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/apr/240424_green.html 公取委は、2024年4月24日、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」※18を改定し、これを公表しました。 ※18 改定前の「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」については、本ニューズレター2023年4月26日号( 「公取委、『グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方』及び意見募集の結果を公表」 )をご参照ください。 本改定では、新たに、グリーン社会の実現に関して、事業者らが消費者等に対して共同して行う情報発信、競争者との原材料の切替えや設備更新等について行う情報交換等について、独占禁止法上問題となる例、ならない例が追加されるなどしています。 【2024年5月7日】 総務省、「インターネット上の偽・誤情報対策に係るマルチステークホルダーによる取組集」を公表 https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_02000405.html 総務省は、2024年5月7日、民産学官の幅広いステークホルダーによる偽・誤情報対策に係る取組をまとめた「インターネット上の偽・誤情報対策に係るマルチステークホルダーによる取組集」を公表しました。 本取組集では、総務省、大学、プラットフォーム事業者、NPO法人などが行っている、メディアリテラシーの向上に向けた教育等の啓蒙活動、フェイク情報を検出する技術の開発、ファクトチェックの支援などの様々な取組が紹介されています。 【2024年5月10日】 重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律が成立 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/menu.htm 2024年5月10日、重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律が成立しました※19。 ※19 本法の詳細については、当事務所の独禁/通商・経済安全保障ニューズレター2024年5月15日号( 「経済安全保障版セキュリティ・クリアランス制度の導入―重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律の成立」 )をご参照ください。 本法では、行政機関の長は、一定の重要経済基盤(重要なインフラや重要な物資のサプライチェーン)に関する情報を「重要経済安保情報」と指定すること、重要経済安保情報の取扱いの業務は、適性評価を受け、重要経済安保情報を漏らすおそれがないと認められた者のみが行うことができること(いわゆるセキュリティ・クリアランス)、重要経済安保情報の漏えいに対する刑事罰※20等が定められています。 ※20 重要経済安保情報の取扱いの業務に従事する者が、その業務により知り得た重要経済安保情報を漏らしたときは、5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金又はこれが併科されるとされております(22条1項)。また、法人等に対する両罰規定も定められています(27条1項)。 【2024年5月15日】 金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案が成立 https://www.fsa.go.jp/common/diet/index.html 2024年5月15日、金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案が成立しました※21。同法律案は、資本市場の活性化に向けて、資産運用の高度化・多様化及び企業と投資家の対話の促進を図りつつ、市場の透明性・公正性を確保することを目的として、投資運用業、大量保有報告、公開買付に関する制度を整備するものであり、主な内容は以下のとおりです。 ※21 法律案の概要については、当事務所の金融ニューズレター2024年3月22日号(「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案の概要」)をご参照ください。 →投資運用業者の参入を促進するため、(1)投資運用業者から法令遵守や計理等のミドル・バックオフィス業務を受託する事業者(投資運用関係業務受託業者)の任意の登録制度を創設し、当該事業者に業務を委託する投資運用業者の登録要件を緩和するとともに、(2)投資運用業者が様々な運用業者へ運用(投資実行)を委託できるよう、運用(投資実行)権限の全部委託を可能とする。 →非上場有価証券の流通を活性化させるため、(1)特定投資家を対象とし、金銭等の預託を受けない場合の第一種金融商品取引業の登録要件を緩和するとともに、(2)私設取引システム(PTS)※22について、取引規模が限定的な場合は認可を要せず、第一種金融商品取引業の登録により運営可能とする。 ※22 私設取引システム(PTS)とは、「Proprietary Trading System」の略で、証券取引所を介さずに有価証券を売買することができる電子取引システムを指します。 →企業と投資家の建設的な対話の促進によって、中長期的な企業価値の向上を促すため、大量保有報告制度※23において保有割合の合算対象となる「共同保有者」から、企業支配権等に関しない機関投資家間の継続的でない合意※24を除くことを明記。 ※23 大量保有報告制度とは、上場株券等の保有割合が5%を超えた場合等に大量保有報告書等の提出等の一定の開示を求める制度のことです。 ※24 具体的には、(1)合意の対象となる保有者と他の保有者が金融商品取引業者や銀行等であり、(2)共同して金融商品取引法27条26第1項に規定する重要提案行為等(株券等の発行者の事業活動に重大な変更を加え、又は重大な影響を及ぼす行為として政令で定めるもの)を行うことを合意の目的とせず、(3)共同して当該発行者の株主としての議決権その他の権利を行使することの合意である場合を指します。 →公開買付制度※25の対象取引について、市場内取引(立会内)も適用対象とするとともに、公開買付を要する所有割合を議決権の3分の1から30%に引き下げ、公開買付制度の対象取引を拡大する。 ※25 公開買付制度とは、上場会社等の株式を不特定多数の株主から買い付ける者等に対して、一定の情報開示やルールの遵守を求める制度のことです。 【2024年5月21日】 EUにおいてAI規制法が成立 https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/05/21/artificial-intelligence-ai-act-council-gives-final-green-light-to-the-first-worldwide-rules-on-ai/ https://data.consilium.europa.eu/doc/document/PE-24-2024-INIT/en/pdf EUの加盟国からなる閣僚理事会は、2024年5月21日、世界初のAI規制法を承認し、同日付けでAI規制法が成立しました。成立したAI規制法は、数日内にEUの官報に掲載され、その20日後に発効します。個別の規制内容については、発効から3年かけて段階的に適用が開始される予定です。 AI規制法は、(1)EU域内に設立又は所在するか否かを問わず、EU域内においてAIシステムを市場に投入するなどしている提供者(providers)※26、(2)EU域内に設立又は所在するAIシステムの利用者(deployers)※27、(3)AIシステムによって生成された成果がEU域内で利用される場合におけるEU域外の提供者及び利用者、AIシステムの(4)輸入業者(importer)※28及び(5)流通業者(distributor)※29などに適用されます(2条)。もっとも、AI規制法は、軍事、防衛、国家安全保障の目的のみでAIシステムが利用される場合や、科学的研究開発のみを目的として開発されたAIシステムが利用される場合などには適用されません(2条)。 ※26 提供者(providers)とは、AIシステムを開発し、又は、開発させ、有償・無償を問わず、自己の名称等の下にAIシステムを市場に投入し、又は、AIシステムのサービスを行うなどする者のことを指します(3(3)条)。 ※27 利用者(deployers)とは、AIを個人的な非専門的活動のために利用する場合を除き、自己の権限の下でAIシステムを利用する者のことを指します(3(4)条)。 ※28 輸入業者(importer)とは、EU域外のAIシステムを、EU市場に投入するEU所在の者のことを指します(3(6)条)。 ※29 流通業者(distributor)とは、提供者、輸入者以外のサプライチェーンにおいて、AIシステムをEU市場で入手可能にする者のことを指します(3(7)条)。 AI規制法は、AIのリスクを(1)容認できない、(2)高い、(3)限定的、(4)最小限の4段階に分けた上で、段階ごとに規制を定めています。 例えば、サブリミナル技術や欺罔的なテクニックを使用したAIシステムや、子ども等の脆弱性を悪用するAIシステム等は(1)容認できないものとして禁止されています。また、生体認証や重要なインフラに関するAIシステム等は、リスクが(2)高いものとして、リスク管理システムを導入等して設計・開発等を行うことや、提供者に名称等の表示、品質管理システムの整備などまた、利用者に、AIシステムの監視などを、それぞれ義務付けています。さらに自然人と直接対話することを目的としたAIシステムは、リスクが(3)限定的なものとして、自然人がAIシステムと対話していることを確実に認識できるような設計・開発を行うことなどが義務付けられています(透明性の義務)。なお、現状、(1)~(3)以外のリスクが、(4)最小限のAIシステムの規制は定められておりません。 また、AI規制法は、違反企業に対する多額の制裁金を定めております。 日本企業においては、事業活動の中でAI規制法の適用を受ける部分がないか確認を進めることが必要であると考えられます。
木目田 裕,宮本 聡,西田 朝輝,梅澤 周平,澤井 雅登,榮村 将太