【秘話】父“ヒゲの殿下”から受け継ぐバトン 彬子さま単独インタビューで語る父の言葉「オックスフォードに行くんだ」
「父は極度のアナログ」「”Xでバズる”は『意味がわからねえ』とおっしゃると思う」
実は寬仁さまもオックスフォード留学について、25歳の時に留学記『トモさんのえげれす留学』を出版されている。 父娘揃って留学記を出版することも、父の夢だったそうだ。 12年前のきょう、6月6日に66歳で亡くなり、娘の留学記出版を見届けることはできなかった”トモさん”。時を経て「大バズり」している状況を空の上でどのように見守られているのだろうか。彬子さまに伺ってみた。 「父は極度のアナログ人間でいらっしゃったので、きっと”Xでバズる”みたいな用語は「意味がわからねえ」とおっしゃるのではないかと思います」 アナログでパソコンを使わず、全て手書きだった父。懐かしそうな表情を浮かべたあと、彬子さまはユーモアたっぷりにこう述べられた。 「留学記に関しては(父の『えげれす留学』の)販売部数を超えましたとご報告できるかなと思います」
「うちの彬子は研究とやらに夢中で」父と娘の素敵な関係性
20年ほど前、記者は今回インタビューさせて頂いた三笠宮東邸の同じお部屋で、寬仁さまにお目にかかったことがある。当時彬子さまは1度目のオックスフォード大留学中だった。 「うちの彬子は研究とやらに夢中になっている。何の研究なのか俺にはちんぷんかんぷんだが、俺とは違って勉強が好きみたいでね」 にやっと微笑まれたその表情から、言葉とは裏腹に、研究に打ち込む娘を誇らしく思っていらっしゃることがひしひしと伝わってきた。 父と娘の素敵な関係性。 きっと、”大バズり”で販売部数が”父超え”した状況を、「意味がわからねえ」とつぶやきながら”トモさんスマイル”でうれしそうに見守っていらっしゃることだろう。
留学記のベースは父のファイル「男女交際は思う存分」
実は彬子さまへのインタビューは11年ぶりだった。ちょうど11年前、寬仁さまの一周忌にあたり、同じお部屋で彬子さまにお話を伺った時のこと。 彬子さまが「極度のアナログ人間」と評された寬仁さまは、留学中の娘とのやりとりももっぱら手紙。手紙で意見を交わし合いけんかが続いた時期もおありだったという。 彬子さまが特別に見せてくださった分厚いファイルには、彬子さまからの手紙とご自分が投函した手紙のコピーが全てまとめられていた。いずれ出版する留学記に役立つだろうの思いだったという。 「ほんとうに細かくて、計画魔だった父らしい置き土産である」(『赤と青のガウン』より) そして、そのファイルの最初のページに入っていたのは、A4用紙4枚に及ぶ父から娘への留学中の心得24箇条。 イギリスの風習や、英語の上達のポイントなど、ご自身の経験による、留学生活における心得がぎっしりと記されていた。 中には、「男女交際は思う存分実施されたし」「”ホレタ・ハレタ”は何度でも結構だが現地にて決定をするなかれ。必ず我が国に戻って再度考慮することを前提にされたし」といったユニークかつ親心を感じる項目も。 そして、オックスフォード大学に学ばれた陛下を始め、歴代の皇族方に恥じない立派な留学生活を送るよう、皇族としての自覚も強く促されていた。 論文作成の苦労、側衛官のエピソード、面白すぎるプリンセスの日常・・・彬子さまの綴られた留学記ににじむ温かさや凜とした佇まいは、父の強く深い愛情とユーモアによるものでもあるのだろう。