「空気を読む」風土がむしばむ公益通報
日本の組織は今なお「ムラ社会」
こうした事案の多くでは、告発者や通報者が勇気をもって声を挙げたことに対して、組織が「誹謗(ひぼう)中傷」「情報漏えい」「名誉毀損(きそん)」「信用失墜」などと短絡的かつ一方的に評価し、法的に保護される「内部告発」や「公益通報」に該当するか否かを誠実に検討していない。 また、告発者や通報者の切実な思いを踏みにじるように、告発・通報内容に関する調査を進めることなく、「事実無根」などとして真っ向から否定する。あたかも告発・通報をもみ消すかのごとく、処分ありきの拙速な判断に至っている。なぜなのか? 「空気を読む」ことが日本の組織、その構成員に求められているからである。組織が多様性からは程遠い、閉塞感のある「ムラ社会」であり続けているからである。組織の掟からはみ出す者は「村八分」にされ、「裏切り者」と評価される。こうした仕打ちを組織の構成員は大いに恐れる。協調性や組織への帰属意識といった美辞麗句の下に、組織は「波風を立てない者」を都合の良い人材として重用してきた。 加えて、今なお続く終身雇用や年功序列の人事制度、同僚からの「同調圧力」も影響を与えているのであろう。そうした「空気を読む」風土こそが、「声の挙げづらさ」へとつながっている。 「組織の自浄作用を高めるため、不正や違法行為を是正する」という思考は停止し、通報の「犯人」をつるし上げて「見せしめ」とする。そうして形成される「声を挙げづらい」風土が、組織内の不正や違法行為を長期にわたって許容させるのである。
通報者保護のために法改正が必要だ
こうした日本の組織に対して、公益通報者保護法は何ができるのか。同法は、2000年代に相次いだ食品会社の産地偽装事件や自動車メーカーのリコール隠しなど、消費者の安全・安心を揺るがす不祥事が内部者の告発で明らかになったことを発端に制定され、消費者庁が所管している。 改正法では、組織内における内部公益通報制度の整備(受付、調査、是正措置の実質的な対応)について、従業員数301人以上の組織に義務付ける一方、通報対応の業務従事者に対して罰則付きの守秘義務を課した。だが、法の理念と日本の組織実態との間にある大きなギャップは埋め切れていない。 「空気を読む」組織では、業務上の過度なノルマやプレッシャーが常態化し、不正や違法行為の温床となりやすい。不正な手段で利を得ることへの罪悪感は、組織内の人々の間で鈍磨していく。その結果、公益通報は減少し、通報の対応に当たる業務従事者らの不慣れ、対応方法の誤りなど、さらにリスクが高まる。冒頭の事例はその証左であり、初動対応の誤りが事態を拡大させたといっても過言ではない。われわれは、公益通報者保護制度が組織の自浄作用にとって重要な役割を担っていることを再認識すべきである。 そもそも組織自体が不正や違法行為を発見し、自ら是正すべき役割を担っている。そうした役割の一部を通報者が担い、組織から指示・命令を受けた業務でないにもかかわらず、組織のために自らの意思によって決然と勇気をもって声を挙げているのである。それに対して組織トップから「うそ八百」と非難されたり、降格処分などを受けたりすることは健全な状態ではなく、早期に是正しなければならない。 人として正しいことを実践する。不正や違法行為を発見した際には気兼ねなく声を挙げる。そのような社会を形成するためには、公益通報者保護法をさらに強化することが不可欠だ。