代表は28歳と30歳、「カッコいい漁師」目指し、東北の若者が決起
「カッコいい漁師」目指し、宮城県の若手漁師らが一般社団法人「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げた。水産業は被災地で主要産業だが、先行きが見えず、「不人気業界」だ。漁師や水産業者が地域を横断して連携するのは異例という。「新しい水産業モデル」を模索する漁師の思いはさまざまだ。 27日に都内で開かれた設立発表会見に登場した共同代表理事2人は、28歳と30歳。もう一人の理事は27歳。11人の漁師らが浜で「カッコいい」ポーズをとる、青を基調とした鮮やかなポスターは目を引く。名刺はそれぞれ扱う魚をかたどる。空撮や水中撮影に挑戦し、会見では海の上や海外と中継をつなぐなど、従来の水産業イメージを覆すブランド戦略を進めている。
震災を機に気づいた、郷里の価値
理事の鈴木真悟さん(27)の祖父は、宮城県女川町で一大産業になった銀鮭養殖を広めた「銀鮭の父」。鈴木さんは「漁師のサラブレッド」だが、「漁師は高齢者ばかりで、よい印象はなかった」。家業に興味はなく、当たり前のように大学で東京に出た。 郷里を離れて初めて、違和感が生まれた。「東京で食べる魚が、おいしくなかった」。今まで食べていた地元の魚の価値に気づいた。食品関係の商社に就職し、80歳の祖父が社長を務める「マルキン」で活動する。 今までテレビ越しに見ていた「かっこいい仕事」は、「肉体を使わず、スーツをびしっと着た仕事」で、IT企業や公務員。鈴木さんは郷里に戻り、気づいた。「都市部の人からは、漁師の働く姿そのものが魅力的に映っている。収入は、他業種に比べてそれほど低くない」。 目指す人物像は、本田圭佑選手。「一番を目指すところや、成功例をチームに見せる姿勢が好き」。会見当日はマレーシアに飛ぶなど、精力的に動く。 宮城県南三陸町の高橋直哉さん(33)は、長男のため「仕方なく漁師を継いだ」。自らの仕事に自信はなかった。しかし、大震災を機に、気持ちが変わった。 「おいしい!」 全国から集まるボランティアが、新鮮なワカメの味に驚いた。高橋家の船「金比羅丸」で沖に出ると、歓声があがった。 「獲った魚がどう流通するか、知らなかった。消費者の顔をみたことはなく、『おいしい』といわれたこともなかった」と話す。 水産業の分業体制は、効率性など多くのメリットがあるが、それとは異なる価値を高橋さんは見出した。「いままで、都会で仕事することがカッコいいと思っていた。いまは、『宮城から都市部に商品を持っていく』ことがカッコいい」。ほたて、かき、わかめを作り、震災で奇跡的に残った船で海の体験ツアーも企画する。「歌津(南三陸町)の海と漁師の仕事はすばらしい」と話す高橋さんの目は、自信に満ちあふれていた。