スタンドの報道陣も総立ち 人の心を動かした“菅原由勢の一撃”…こだました「打て!」
4-0勝利のインドネシア戦で途中出場の菅原が感動的なゴール
背中に受けた期待を振り抜いた。日本代表DF菅原由勢は11月15日、敵地で行われた北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選インドネシア戦で国際Aマッチ2ゴール目を決めた。最終予選で9月、10月出番がなかった男が出場から8分でチームの4点目。悩み、苦しみながらも縁の下の力持ちとして支え続けた菅原が、4-0の快勝に貢献した。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞) 【動画】スタンドの報道陣から「シュート打て!」 菅原由勢が決めたニア上ぶち抜き弾の瞬間 ◇ ◇ ◇ 「打て、打て、打てー!!」 右サイドでボールを持った菅原が中央を見る。MF伊東純也とのワンツーで抜け出し、角度はない。スタンドからは報道陣までもが大声を送っていた。決めた。ズドン。ニアサイドをぶち抜く豪快な一撃がネットを揺らした。 「最初に抜けてペナ(ルティーエリア)入ったらへんで中を見た時に動き出しは見えていたけど、相手をどうやってマークを外させるようなタイミングでクロスを上げようかと考えたけど、思ったよりもアクションに対するリアクションも薄かったので、僕自身、運ぶ中でゴールも近くなってきたのでシュートを打とうというので、最後は自分で決心して打った」 次々と選手が菅原のもとへ走る。ベンチの選手も駆け付けてもみくちゃに。報道陣もスタンディングオベーションで拍手した。1人の選手が決めて、こんなにも多くの、周囲の心を動かすゴールは見たことがなかった。 苦しい数か月だった。6月、森保ジャパンは3バックに取り掛かった。初戦のミャンマー戦で右ウイングバックに入った菅原だったが、その後名前を呼ばれることはなくなった。MF堂安律、MF伊東純也という攻撃的な選手を配置することで、新たな魅力を作り出していた。第2次政権の“申し子”としてカタールW杯後に台頭した菅原のポジションがなくなっていた。 「僕自身も人間なので、全部が全部人生うまくいくわけではないので。もちろん、ああでもないこうでもないと言い訳をしたくなることもあるし、僕自身、誰かに言うわけではないけど、思うこともある。それを言っても僕のサッカー人生が変わるわけでも、パフォーマンスが変わるわけでもないので、そこはしっかり自分自身に矢印を向けて自分がやるべきことや何が必要なのか、もっといい選手になるためにどうなるべきなのか常に考えるべきだと思った。そういう難しい時期をどう過ごすかで先が見えてくると思うので、今日は出場機会を得られて結果は出たけど、またこれも1つ過程の中での1つに過ぎないと思うので、今日はみんなで喜んでまた中国戦に向けてしっかりやっていければ」 描いていた理想と現実は違っていた。6月に自身のキャリアを左右する大きな選択をした。「世界のサイドバックと自分がどれだけの差があるのか、どういう物差しで自分は見られているのか」を確かめるため。プレミアリーグから評価されたことは自信になり、さらに「自分の特徴でもある攻撃力を磨いていく」決意をした。 だが、日本代表では堂安や伊東という本来ウイングの選手の前にピッチ立つことができなくなった。「何が足りない?」。ベンチに座りながら「考えや目を持たずに試合を見ないなんて無駄なことはない」。自身に言い聞かせた。練習だって1秒もサボらなかった。誰よりも声を出し、笑顔を絶やさずに盛り上げ続けた。その姿は監督、スタッフ、仲間、サポーター、報道陣……菅原に関わる人すべての人が認めていた。 菅原自身も大先輩の存在に助けられた。DF長友佑都も6月からすべてベンチ外。でも、初招集の選手に声をかけてムードメーカーとしてチームの士気を下げるようなことは絶対にしない。「あの人の存在を言葉で表すのはすごく難しい。あの年齢であれだけの経験がありながらも、多分本人もベンチに入れないところで悔しい思いを感じながらも先頭に立って引っ張ってくれているので、彼のその姿勢には尊敬しかない」と、菅原も腐る訳にはいかなかった。 ほかにもベンチで悔しい思いをしている選手はいる。 「(瀬古歩夢が)出たら『お前だったらやれるから』と独特な関西弁でいつも励ましてくれるので、すごく励みになった。もちろん歩夢だけじゃなくて、試合に出ている(堂安)律くんも(板倉)滉くんも(南野)拓実くんとかも全員そうだけど、全員僕の状況を凄く分かろうとしてくれて本当に励ましてくれる。落ち込んでいるわけではなかったけど、色々とコミュニケーションを取ってくれた。自分のためよりもそういう選手たちのためにやらなきゃと思えたので素晴らしい瞬間だった」 これは森保ジャパンが築き上げてきた大切な絆。きっとこの瞬間は大きな力になる。そう確信した、ジャカルタの夜だった。
FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi