イノベーションは辺境からやってくる
──前々回の記事:「弱いつながり」が革新を引き起こす(連載第46回) ──前回の記事:情報の伝播に役立つ「弱いつながりの強さ」(連載第47回) ■弱いつながりこそが、イノベーションを引き起こす そして何よりビジネスにおいて弱いつながりが決定的に重要なのは、イノベーションへの起点になるからだ。本書『世界標準の経営理論』の第12・13章で詳しく述べたが、イノベーションの起点は新しい知(アイデア)を創造することであり、そして新しい知は「既存知と既存知の新しい組み合わせ」で生まれる。人はゼロからは何も生み出せないからだ。 しかし、人は認知に限界がある(=限定された合理性)。したがってそのまま放っておくと、人は目の前の知だけを組み合わせがちになり、やがて組み合わせは尽きる。この理由で組織・人から新しい知が生まれなくなることは、第12・13章で解説した。したがって、新しい知を生み出したい企業・ビジネスパーソンがなすべき第一歩は、「自分の目の前ではなく、自分から離れた、遠くの知を幅広く探索し、それをいま自分が持つ知と新しく組み合わせる」ことになる。これをexploration(知の探索)と呼ぶことも述べた。 そしてもうおわかりだろうが、この知の探索に向いているのは、明らかに弱いつながりのソーシャルネットワークの方だ。弱いつながりを持つ人は、ブリッジの多い希薄なネットワーク上にあり、遠くから多様な情報が、速く、効率的に流れてくる。結果、弱いつながりを持つ人は幅広い知と知を組み合わせて、新しい知を生み出せるのだ。 実際、この命題を支持する実証分析の結果は多く得られている。例えばエモリー大学のジル・ペリースミスが2006年に『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』(AMJ)に発表した論文では、米研究所の研究員97人が対象になった※6。ペリースミスは研究員の人脈を精査し、その統計解析から「弱い人脈を多く持つ研究員の方が、創造的な研究成果を出しやすい」ことを明らかにしている。同様に、ワシントン大学のマーカス・バエアーが2010年に『ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー』に発表した論文でも、農産加工品企業238人のデータに対する統計解析から「弱いつながりを多く持つ従業員の方が、創造的な成果を生み出しやすい」傾向を明らかにしている※7。 企業レベルでも同様の結果が出ている。ソーシャルネットワーク研究の大御所であるカーネギーメロン大学のデイビッド・クラッカードとトロント大学のティム・ロウリーが2000年に『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』(SMJ)に発表した研究では、世界の半導体産業における技術提携を弱いつながりととらえて、実証研究を行っている※8。 半導体メーカー66社による132のアライアンスデータを使った統計解析から、クラッカードらは「共同開発・技術ライセンスなど、両社のコミットメントが弱くて済むタイプのアライアンス(弱いつながり)を多く持つ企業ほど、事後的に利益率を高める」傾向を明らかにしている。半導体産業は、言うまでもなく技術変化が早く、イノベーションが常に求められる業界だ。このような業界では、弱いつながりを企業レベルで持っている方が知の探索につながりやすく、結果としてイノベーションを起こしながら高い業績を保てる、ということなのだ。 このように「弱いつながりを豊かに持つこと」がイノベーションを引き起こす上で重要ということが、SWT理論では主張されている。一方で、この主張は職人気質の強い、従来の日本企業では、受け入れにくいことだったかもしれない。日本で弱いつながりをつくるためには、あちこち色々な場に顔を出したり、異業種交流会に頻繁に参加したり、名刺を配って人脈を広げることが必要になる場合が多い。 しかし、伝統的な日本企業ではこういった人は、「チャラチャラしている」「あいつは名刺コレクターだ」などと煙たがられがちだからだ。しかし実はそういうチャラチャラしていそうなフットワークの軽い人こそ、弱いつながりを通じて多くの「新しい知の組み合わせ」を試し、創造性を高められている可能性が高いのだ。SWT理論からは、「チャラ男・チャラ娘」こそが、イノベーションに悩む伝統的な日本企業には必要といえるのである。