イノベーションは辺境からやってくる
■多くのイノベーターは、チャラ男・チャラ娘である 筆者の実感でも、いま新しいことを成している経営者には、弱いつながりを企業内外に広げている、フットワークの軽い方が実に多い。筆者の周りで言えば、その筆頭はロート製薬会長の山田邦雄氏だ。山田氏は企業外に豊富に弱いつながりを持っている。実は筆者が数年前に初めて同氏にお会いしたのも、ある別の方がメッセンジャーアプリLINEで弱くつながっていた山田氏を筆者に紹介してくれたことがきっかけだった(その意味では、その方がブリッジだったことになる)。 元々は目薬の会社だったロート製薬は、2001年から機能性化粧品分野に参入し、オバジや肌研(ハダラボ)などのヒット商品を生み出し、いまや製薬以外の売上げ比率の方が高い企業になっている。同社がこういった革新を起こしてきた背景にも、山田氏が持つ豊富な弱い人脈が影響している可能性は高い。 社員に弱いつながりを求める経営者もいる。例えば任期途中で退任されたものの、三越伊勢丹の社長を約5年にわたって務めて同社に変革をもたらし、現在は羽田空港副社長として空港に革新をもたらそうとしている大西洋氏は、弱い人脈を大事にされている方だ。筆者が大西氏から直接伺ったことだが、同氏は伝統的な体質の残る三越伊勢丹にいた当時、あえて若手を大胆に抜擢し、彼らに活躍の場所を提供した。その抜擢基準の一つは、「チャラチャラしているように見えるほど、社交的なこと」だったそうだ。チャラチャラした社員は社内外に弱いつながりの人脈を豊かに持ち、そこから流れる情報が重要なことを大西氏は体感されていたのだろう。 他にも革新的なビジネスを生んでいる経営者には、朝食会、ランチ、勉強会、夜の飲み会などを通じて、弱いつながりをつくっている方が実に多い。ポイントは「いつも同じ人とだけ交流しない」ことだ。もちろん同じメンバーがいても構わないが、常に新しいゲストなどを招いて弱いつながりを広げ続けているのだ。 ■イノベーションは、やはり「辺境」からやってくる さらにSWT理論の示唆を、別の角度から眺めてみよう。図表5は、ある分野における典型的な人脈ネットワークのイメージを、図化したものである。ここでいう「分野」はビジネスの特定業界のことでも、芸術分野でも、学界でも何でも構わない。そして一般に、こういう人脈のネットワークでは、その中心部にある「コア」の部分と、中心から離れた「辺境」の部分がある。 そして一般に、コアにいる人たちの関係性は強い。したがって、コア付近のネットワークは高密度なネットワークになりがちだ(図の中心付近の■が集中している部分)。一方で辺境では、人々のつながりは弱く、総じて希薄なネットワークになる(図の■が多い周縁部分)。では、「このコアと辺境のどちらから創造的なアイデアが生まれやすいか」と問えば、ここまでの議論を踏まえれば、それが辺境の方になることはおわかりだろう。辺境にいるプレーヤーの方が弱いつながりを持っているので、遠くから幅広い情報を引き寄せ、創造性が高まるのだ。一方でコアにいるプレーヤーの間では、閉鎖的で高密度なネットワークの中で、似たような情報だけがグルグルと回りがちなのである。 実際、ソーシャルネットワーク分野のスター研究者の一人、ニューヨーク大学のメリッサ・シリングは、彼女の論文の中で以下のように述べる※9。 it has often being argued that marginal intellectuals (those who may participate in multiple intellectual domains but are central to none) are more likely to introduce creative breakthroughs than well-established experts in a domain. (Schilling, 2005, p.133.) ある分野で中心にいて確立された位置にいるエキスパートよりも、辺境で知を持つ(すなわちその分野に関わる知見は多様に持つが、中心にいるわけではない)者の方が、創造的なブレークスルーをもたらしやすい(筆者意訳) よく「イノベーションは辺境からやってくる」とことわざのように言われるが、実はこれはソーシャルネットワーク理論と整合的なのだ。実際、これまでの歴史を見ても、辺境からやってきたイノベーションは枚挙にいとまがない。最近であれば、ロボット掃除機「ルンバ」を開発したのは、家電産業のコアにいるパナソニックでも日立でもなかった。シリコンバレーのスタートアップ企業、アイロボット社である。 遡れば、1979年に携帯音楽機器「ウォークマン」を開発したのは、当時の電気機器ビジネスでは「辺境」だった日本のソニーである。同業界のコアである米国にいたRCAは、ウォークマンと同じものをつくれる技術を持っていたにもかかわらず、開発できなかった(そもそもソニーはRCAの技術をラインセンスしてウォークマンをつくっていた)。優れた技術があっても、音楽携帯という創造性・アイデアがなければ、革新は起こせないのだ。そしてそのようなアイデアは、往々にして辺境の弱いつながりからなる希薄なネットワークにあるのである。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 「弱いつながりの強さ」理論 移動距離が長い人ほど「イノベーション」を起こせる ダイバーシティ経営がイノベーションを起こす ※6 Perry-Smith, J. E. 2006. “Social Yet Creative: The Role of Social Relationships in Facilitating Individual Creativity,” Academy of Management Journal, Vol.49, pp.85-101. ※7 Baer, M. 2010. “The Strength-of-Weak-Ties Perspective on Creativity: A Comprehensive Examination and Extension,” Journal of Applied Psychology, Vol.95, pp.592-601. ※8 Rowley, T. et al., 2000. “Redundant Governance Structures: An Analysis of Structural and Relational Embeddedness in the Steel and Semiconductor Industries,” Strategic Management Journal, Vol.21, pp.369-386. ※9 Schilling, M. A. 2005. “A ‘Small-World’Network Model of Cognitive Insight.” Creativity Research Journal, Vol.17, pp.131-154.
入山 章栄