「自分が思う“本当の自分”は、ただの妄想です」…生物学者が説く「厄介おじさん」にならない生き方
「実は人間の個性は、年齢で言うと8歳くらいで決まってしまいます。それは、脳を構成するニューロン(神経細胞)の間にある“シナプス”のつながり方が、そのくらいの年齢で完成するから。人間にとってシナプスのつながり方はとても重要で、その人の基本的な人格や賢さみたいなものを決めるともいわれている。 つまり8歳くらいまでにいかに脳に刺激を与え、シナプスをつなげられるかでその後の人生が決まるということ。小学1年生までに将棋を始めないと名人になれないとか、ピアノは3~4歳で始めないと一流にはなれないなどといわれるのはシナプスが大きく関係しているからなんです。 一方、大人になるとシナプスの可塑性は乏しくなるから、いくら情報を与えてもうまく変化していかない。だから大人にとって大事なことは、自分は何をやれば最も効率的にできるかを見極める力なんですよ。つまり、努力すれば適応できるなんていうのは間違いで、努力しなくてもできることをさっさとやるべき(笑)。自分にできること、向いていることをやり続ければ、上達も早いはずです」 ◆必死に努力するよりも……自分にとって都合のいい環境を選ぶほうが自然 必死に努力してできるようになったことは、本人にとっては“向いていない”ということ。そこに時間も力も費やすのは実にもったいない話なのだ。 「ところが学校では努力してできるようになった人を褒めるでしょ。これも良くない。だって社会に出て、多くの人が1時間でできる仕事を自分だけ3時間かかってやり終えたとしたら、いくら一生懸命努力しましたと言っても誰も褒めてくれませんよ(笑)。 逆に1時間かかる仕事を30分でやり終えたら褒めてもらえるし、やる気も出てきてスキルも上がる。そうして戦力になれば重宝されるし出世もできます。それはその仕事が自分に合っていたということです。 人から聞いた話なのですが、ある病院に勤めている会計係の女性に患者さんから苦情が殺到したと。彼女はおっとりとした人で、患者さんの話を聞きすぎるがために仕事が遅く、窓口に人が並んで困っていたそうで。そこで上司が彼女の配属先を相談窓口に変えた。すると親身になって話を聞いてくれる彼女に患者さんは感謝するようになり、評価ががらりと変わったというんです。 生物学には、気候変動や突然変異に襲われながらも、生物自ら“生活の場”を変えて生き延びたとする考え方があります。僕は人間も、環境に合わせるのではく、自分にとって都合のいい環境を選ぶほうが自然だと思っていて、これを“能動的適応”と呼んでいます。 病院の彼女はまさにそのケースで、本当の自分を探すのではなく、自分の適した職を見つけたのだと思いますね。だから若い人も、『これはいけるぞ』と思える得意な職に出合ったら、それが自分の居場所だと思ったほうがいい」 近年、新入社員の早期退職が増加傾向にあり、賛否両論が報じられているが、能動的適応という点では、これも一つの方法なのかもしれない。 「かつて終身雇用の時代は、能動的適応なんて考えたことはなかったはずで、たとえ得意な仕事じゃなくても、必死に自分を適応させて定年まで勤め上げるのが当たり前でした。そういう時代に働いていた世代のなかには、『本当の自分はこんなもんじゃない』と思う人も多かったのだと思います。 ところが今はしばらく働いてダメだと思ったらさっさと辞める若者も少なくない。早期退職によってなるべく早くに自分に適した居場所を見つけられるとしたら、今後は少しずつバカの災厄も減ってくるのかもしれません」 池田清彦 1947年、東京都生まれ。生物学者。東京教育大学理学部生物学科動物学専攻卒業、東京都立大学大学院理学研究科博士課程 単位取得満期退学、理学博士、山梨大学教育人間科学部教授、早稲田大学国際教育学部教授を経て、山梨大学名誉教授、早稲田大学名誉教授、TAKAO 599 MUSEUM名誉館長。『環境問題のウソ』(筑摩書房)『本当のことを言ってはけない』(KADOKAWA)『バカの災厄』(宝島社新書)『40歳からは自由に生きるー生物学的に人生を考察する』(講談社現代新書)『驚きの「リアル進化論」』(扶桑社新書)など著書多数。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』、VoicyとYouTubeで『池田清彦の森羅万象』を配信中。 取材・文:辻啓子
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