30代半ば・独身・子ナシ女性が『虎に翼』で叫びそうになったあのシーン。【まだまだ語る会】私たちが“壁”を越えるには
夫婦別姓、昔も今も変化への不安が妨げに?
柏木: 社会との関わりで言えば、寅子は再婚する時に自身の姓を夫の性に変えるかどうか悩み、相手の航一が一時は改姓を提案するなど、夫婦別姓についても問題提起されていました。夫婦別姓については、あれから約半世紀たった現在も法的に認められておらず、新政権のもと制度化がなされるのかが注目されています。 塚田智恵美・ライター: ドラマでは、戦後、新しい憲法に則った民法改正の審議が開かれ、委員の一人が、伝統的な家族のあり方を変えることに反対していました。「何かを変えれば、これまであったものが壊れてしまう」という不安が変化の妨げになっている部分が、現代の制度についての議論に重なるようでした。その後、新民法が成立して、結婚後、夫か妻どちらかの名字を名乗ってもよいことになりました。 寅子が婦人代議士の集まりに参加した時には、「古き良きなんて言ったって、せいぜい明治時代から始まった決まりばかりよ」などと一笑に付す女性もいて、現代の議論でもああいう痛快さがあってもいいなと。今後、保守的な意見に押し潰されそうになったとしても、「いやいや」と笑って力に変えていく力を持てそうだと勇気づけられました。 清: 私は、結婚して夫の名字になりましたが、仕事上、旧姓を残すことで落としどころを見つけていました。当時は、結婚したといううれしさもあり、改姓がそれほど負担ではなかったけれど、寅子と航一が結婚するにあたり、家族や婚姻について考えをぐるぐると巡らせていたのを見て、自分ももっと悩んでよかったし、夫と相談してもよかったなと思いました。 柏木: 寅子のモデルになった三淵嘉子さんが実際に担当した「原爆裁判」を被害女性の立場から見つめ、判決内容を詳細にドラマ内で取り上げるなど、激動の時代を女性たちの生き方と法律の切り口で描いたところに、意義があったように思いますね。
「雨だれ石を穿つ」問題
柏木: 様々な壁を打ち破ってきた寅子が後輩に対して「私たちが次にするべきは道の開拓ではなく、舗装です。この道をいかに通りやすく、平坦で快適なものにするかだと思うんです」、という言葉も印象的でした。寅子の恩師であり、法曹界の重鎮でもあった穂高先生(小林薫)との関係が長きにわたり描かれ、彼は「雨だれ石を穿(うが)つ」と寅子に伝えます。時代を切り開く先駆者たちの苦労や努力が、長い年月をかけて報われるという故事成語ですが、寅子はこれに強く反発しましたね。 塚田: 物語の名場面は山ほどありますが、「穂高先生問題」はぜひピックアップしたいです。妊娠した寅子が過労で倒れた時、穂高は、「結婚した以上、第一の務めは子を産み、よき母になること」と彼女に言い、「雨だれ石を穿つ」といいます。寅子は、「私は石を砕けない雨だれでしかない。無念のまま消えていくしかない。そうお考えですか?」と彼に問うていました。その後、穂高は自身の最高裁判事としての退任記念祝賀会で、「自分は役目を果たさず、大岩に落ちた“雨だれの一滴”に過ぎなかった」と、謙虚な気持ちで振り返るんです。寅子は、これに対して怒りをあわらにして用意した花束を渡しませんでした。 寅子たちが女子部で学んでいた頃にもこの言葉はたびたび登場しましたが、その時の穂高は、もっとポジティブな意味で使っていたはずなんです。「いったん新入生の募集は停止するけれども、女性が法曹界で活躍できる未来がいつかあるはずだから、夢を持ってみんなで頑張っていこう」というように。 「雨だれ石を穿つ」は、社会を変えるムーブメントを表す言葉のように思います。次の世代にバトンをつないでいく使命は、確かに尊いかもしれないけれど、その人の人生として考えれば、みずから望まず、選ばずに「雨だれの一滴」として人生を終えるのは、あまりにもしんどい。寅子が、穂高の功績を認めつつ、彼の発言を許さなかったのは、一人ひとりが、「いつか」でなく、いまできる限りのことをし、この瞬間を大切に生きること。それが、周囲の人を動かし、時代を変えていくことにつながるという力強いメッセージにも感じられました。 柏木: ドラマの最終盤には、かつて穂高が異を唱えた尊属殺人の重罰規定について、長い時を経て、最高裁長官になった桂場(松山ケンイチ)が違憲判決を下し、ようやく歴史が変わるシーンもありました。寅子も女性初の家庭裁判所長となり、「雨だれの一滴」では終わらず、石に穴をあけたわけです。 塚田: 穂高先生が妊娠した寅子へ「雨だれ石を穿つ」を言ったことは、もし私が寅子と同じ立場だったら、狂っちゃうかもしれないです。私は今もっと頑張りたい、今なんとかしたいんだって。寅子は仕事を辞めた先輩女性たちの分も一人で周囲の期待や役割を背負っていたし、自分がダメになったら、後輩女性の道が閉ざされるのではないかと苦しんでもいました。もちろんおなかの子供のことも心配ではある。そこにあの言葉です……。 私がそんな思いを年上の男性に話したら、「でも、ああいう一言ってすごく大事なんだよ。身重の女性をおもんぱかる上司がいないと、女性は無理をしすぎてしまう」と言われました。あの言葉が頑張ってきた彼女の心をどんなに砕くか想像できる人と、優しい気遣いだと捉える人に分かれる気がします。