『VORTEX ヴォルテックス』ギャスパー・ノエ監督 誰もやっていないことをやりたい【Director’s Interview Vol.377】
ほぼ全編スプリットスクリーンで物語が展開する映画『VORTEX ヴォルテックス』。この効果がとにかく素晴らしく、映画の可能性を押し広げているようにすら感じてしまう。技術的アプローチの域を超えて、感情にも強く訴えかけてくることに驚きを禁じ得ない。タイミングや音のバランス、空間の捉え方など全てが完璧。手掛けたのは鬼才ギャスパー・ノエ。彼はいかにして『VORTEX ヴォルテックス』を作り上げたのか? 話を伺った。
『VORTEX ヴォルテックス』あらすじ
映画評論家である夫(ダリオ・アルジェント)と元精神科医で認知症を患う妻(フランソワーズ・ルブラン)。離れて暮らす息子(アレックス・ルッツ)は2人を心配しながらも、家を訪れ金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになる。そして、ふたりに人生最期の時が近づいていた…。
思い切り泣ける映画にしたかった
Q:今回は思い切り泣かせる映画を目指したそうですね。 ノエ:10年ほど前、私の母がアルツハイマーで亡くなったときは随分泣きました。最近はコロナの影響で6ヶ月の間に知人が3人も亡くなり、そのときも大泣きしました。それで次の映画は死をテーマにして、思い切り泣かせる映画にしようと決めたんです。もし観客が泣いてくれなければ失敗作だと思います(笑)。泣くことは健康に良くて、リラックスさせる効果があるとのこと。思い切り泣いた後は気分もいいしスカッとしますよね。 今までの映画ではユーモアや楽しい部分もあったのですが、今回は最初から最後まで悲しく憂鬱になるような映画。こういう映画を作ったのは初めてで、撮影現場も重かったですね。しかも撮影中はコロナ禍真っ只中、撮影中ずっとマスクをしなければならないストレスや、感染を恐れて息が詰まるような雰囲気もありました。 Q:ダリオ・アルジェントとフランソワーズ・ルブランという組合せは、どのような経緯でキャスティングされたのでしょうか。 ノエ:フランス映画『ママと娼婦』(73)に出演されていたフランソワーズ・ルブランさんとはいつかご一緒したいと思っていました。今回は妻の役にちょうどよく、彼女は本当に素晴らしい方で頭も良い。この機会に是非ご一緒したいなと。一方で夫役の方は、俳優さんであることよりもフレンドリーな方がいいと思っていました。ダリオ・アルジェントさんとは20年ほど前に映画フェスティバルでお会いしてから、ずっと交友関係があったんです。今回の役を承諾していただけるとは夢にも思っていませんでしたが、娘さんが仲介してくださったおかげで、うまくいきました。ローマに行きアルジェントさんにお会いして役を依頼すると、「僕は俳優じゃないから…」と言われたのですが、「『ウンベルトD』(52)という、俳優ではない人が役を演じる映画があるように、あなたでも大丈夫です! 会話もほとんど即興で、自分が言いたいことを言ってもらって構いません」と説得し、最終的に承諾をいただきました。しかもダリオさんはイタリア人にもかかわらずフランス語が上手い。フランス語でアドリブが出来るくらいだったので、そこも心配していませんでした。 ただ、アルジェントさんはフランソワーズさんの映画を知らなかったし、フランソワーズさんもアルジェントさんの映画を知らなかった。お二人とも映画のジャンルが全く違って、かたやホラー専門で、かたやフランスの映画。それでこれまでお会いするきっかけがなく、今回はお互い知らない同士でカップル役になったというわけです。
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