『VORTEX ヴォルテックス』ギャスパー・ノエ監督 誰もやっていないことをやりたい【Director’s Interview Vol.377】
会話は全て即興
Q:夫の電話や書いている書物の内容など、即興演技とは思えぬほどセリフや物語構成が完璧でしたが、実際どこまで決めた上で撮影に臨まれたのでしょうか? ノエ:『VORTEX ヴォルテックス』のシナリオは10ページぐらいで、『CLIMAX クライマックス』のときは7ページぐらい。いつも割と短くて、シーンごとにおおよその内容しか書いていません。会話は全てアドリブです。撮影に入る前に、前日撮影した続きからどう進めるかを俳優と話し合い、時間の経過に沿って話を進めていく形を取りました。特にダリオさんは、脚本の内容を何度も練習をするタイプではなく、撮影は3テイクまでがリミット。彼自身いつも大体1~2テイクぐらいで撮影しているそうです。彼を見習いテイク数を減らし、短く撮影する方法を学ばせてもらいました。 また、ダリオさんが電話で話しているシーンでは、隣の部屋に批評家のジャン・バッジストさんにいてもらい、実際に彼と25分間くらい電話で話してもらいました。その時に「映画は夢である」といった話をされていたので、その部分を4分間くらい使わせてもらいました。また、ダリオさんは「ベルトルッチやフェリーニみたいな映画にすればいいんじゃないか」という話をされていたのですが、私は「ベルトルッチはちょっと違うでしょ」と思ったので、「ベルトルッチ」というセリフはアフレコで「溝口」という言葉に差し替えました。実際には「ベルトルッチ」と言っているのですが、アフレコであててみると「み・ぞ・ぐ・ち」と言ってるようにも見えたんです(笑)。 Q:人生の終焉を迎えようとしている人間に、これほどまでにドラマチックな要素があることに驚かされます。老年期というものに対してどのような思いがありますか。 ノエ:私の祖母も母もアルツハイマーで、特に母の場合は81~82歳の頃はかなり混乱しているような状況でした。父もヘルパーさんの助けを借りて色々と面倒をみようとしたのですが、言えば言うほど母は暴力的になったりして、どうしても難しい。私が『CLIMAX クライマックス』で描いた、麻薬で暴力的になってしまうことが、そのまま実生活で起こったような状況でした。そういった老いの姿を目の当たりにした経験から、老いをテーマにした作品を作ろうと思ったんです。 死ぬことは遺伝子の中に組み込まれているため避けることができませんが、人には色んな死の形がある。私の母はアルツハイマーで混乱した状態だったので、彼女にとっての“死”はむしろ自身の解放だったと思うんです。母は私の腕の中で息を引き取りましたが、亡くなることにより、母自身は解放されて幸せになれたのではないかと感じました。ダリオさんが演じている役もフランソワーズさんが演じている役も、亡くなる最後の瞬間にフッと最後の息をしてもらいました。あれは私が母を看取ったときの状態をそのまま再現してもらったんです。最後の瞬間というのは必ずしも悲惨ではない。幸せとは言えないまでも、悲しく苦しい死ではないということを、最後の息で表現しようとしました。
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