田中慎弥。何度も死を意識した芥川賞作家、死と家族を描いたエンタメ小説の新境地!
死神を題材にした漫画や映画は数多くあるが、「家族」や「死」について死神と人間がかくも深く語り合う小説はあっただろうか。ある日、自分の死に関係する「死神」が見えるようになった、中学2年生の「私」。担当した人間の死を見届ける役割だという死神と「私」はやがて対話を繰り返すようになる。成長し、作家となった「私」は果たして死を選ぶのか? 芥川賞作家・田中慎弥が圧倒的な面白さで描く、「死神小説」の登場だ。 【写真】芥川賞作家が書いた死神小説 * * * ――そもそもどうして死神が登場する小説を書こうと思ったのですか? 田中 あちこちで話してきたことなのですが、私自身、何度か、命を絶とうとしたことがありました。それが10代の頃から続いているので、死への衝動とは果たしてなんなのだろうか、とずっと考えていたんです。 といっても何か決定的な出来事があったわけではありません。それでも人は死への衝動を抱えるし、今でもそれは続いています。 そこへ連載の依頼が来て、トータルで400字詰め原稿用紙で単行本にしやすい300枚くらいと最初に決めて、その長さならば、自分の良からぬ経験について書くのにちょうどいいかな、と思いました。編集者からもいわゆる純文学ではなく、エンタメに寄ったものにしてはどうか、という提案もあったので。 そこで自分の中にある死の衝動を引きずり出して、確かめるために死神という存在を設定してみたんです。いわば自分を主人公と死神の二手に分けて書いたんですね。 ――死神を登場させるにあたって、具体的に思い浮かべた作品はありましたか? 死神とのやりとりを読んで、漫画の『DEATH NOTE』を連想したんですが。 田中 『DEATH NOTE』は読んだことがないです。映画は見たかもしれないな。 私はいつも明確なテーマを持たずに書いているので、意識した作品は特にないですね。強いて言えば落語の『死神』のことは考えたかもしれない。あれはグリム童話が基になっていますよね。 死神は万国共通の存在で、宗教や神話と関係なく、何か決定的なものをつかさどる存在として考えました。 ――主人公の父親は強権的で家族に暴力も振るいます。従順だった母親の選択や父親の変化がとてもリアルでした。 田中 私自身が男として自分の性に違和感なく生きているし、どうやっても男の立場でしか女性のことを描けないんですが、書いている女性の境遇を想像すると「こうせざるをえないんじゃないかな」と考えるんですよね。そこで母親が家族にとっては劇的な選択をすることになりました。 父親については、男がどうやって衰えていくのかを書きたかったんです。 この父親自身は会社員で、おそらく自殺について考えたことはないまま、肩書と出世で生きて、家庭では思うままに振る舞っていた。それがちょっとしたことで崩れて、病気になって、それでも生きている。 「生きるとは、こんなにしょぼくれても死なないことだ」と書きたかったのかもしれない。