宮崎駿が空に憧れた原点
さらに、その時に宮崎氏が描いた絵が新潮文庫から発売されている両作品の文庫本の表紙に起用されているほか、とくに愛読したという「人間の土地」には、後書きの解説として自らのエッセーを寄せているほどだ。 「空のいけにえ」と題されたその文章には、「飛行機の歴史は凶暴そのものである。それなのに、僕は飛行士たちの話が好きだ。その理由を弁解がましく書くのはやめる。僕の中に凶暴なものがあるからだろう。日常だけでは窒息してしまう」や「飛行機を作って手に入れたものと、なくしたものとどちらが大きいのだろうかとも考える」など、宮崎氏の飛行機への純粋な憧れや兵器として発展を遂げた航空開発の歴史に対する葛藤、そして“空にかけていった人たち”への深い愛情が率直に綴られている。 宮崎氏は、飛行機の部品を製作する工場の役員を務めていた父親のもとに生まれ、漫画家を目指していた大学時代には、漫画サークルがなかったため、児童文学サークルに所属していたという。 幼い頃から飛行機と身近に接していた宮崎氏が、大学時代に元飛行士でもある児童文学作家のサン=テグジュペリの作品と出合い、改めて空に対する思いを強くしたとしても不思議ではない。 アニメクリエーターとして常に“子供目線”を意識とし、数々の作品を創造してきた宮崎氏が1度だけその禁を破り、自らの趣向を忠実に反映させ、同世代の人たちのために手掛けた作品が、飛行艇を乗りまわす空賊を主人公にした「紅の豚」だった。 そして、引退作として選んだのが今作「風立ちぬ」だ。 世界中の多くのファンを魅了したアニメ界の巨匠のそばには、いつも幼き日に憧れた広大な空があったのである。 (文責/安藤祐一)