ブルー・オーシャン・シフトの成否を決める3つのカギ
■ブルー・オーシャン・シフトを成功へと導く3つのカギ 第1のカギは、ブルー・オーシャンの視点を取り入れて視野を広げ、事業機会の所在についての考え方を改めることである。 新しい価値コスト・フロンティアを切り開く組織は、一般の組織とは異なる発想をする。つまり、現在の市場での競争だけに焦点を当てるのではなく、別の事柄について考えるのだ。極めて斬新な疑問を抱くため、従来にない革新的なやり方で事業機会やリスクを眺め、理解することができる。このため、他の組織であればまったく目に入らないか、不可能ないし不適切だという理由で見過ごすような、従来にない種類の価値や破格に大きな価値を提供しよう、という着想が得られる。(中略) 業界のベストプラクティスから離れようと努力しても、たいていの企業はそれができずにいる。ブルー・オーシャン戦略の実践者の視点を取り入れると、現状にとらわれずに可能性に開眼できるはずである。地平が広がり、確実に正しい方向に目が向くはずである。視野を広げたり、見る方向を変えたりしない限り、新たな価値コスト・フロンティア(value-cost frontiers)の開拓に向けていくら努力しても、日の出を見ようとして西へと走るようなものである。どれだけ速く走っても、決して目的は果たせないだろう。 正しい視点を持つことは不可欠だが、大多数の人にとっては、実際に新しい価値コスト・フロンティアを思いついたり、開拓したりするには、それだけでは不十分である。これは組織が直面する最大の課題の一つである。「レッド・オーシャンから抜け出したい」「ブルー・オーシャン・シフトを達成したい」と考えるだけでなく、ブルー・オーシャン流の視点も持っているかもしれないが、市場創造のツールやブルー・オーシャン流の視点を具体化するための指針が、欠けているのである。 このため、ブルー・オーシャン・シフトを成功させる第2のカギは、ブルー・オーシャン流の視点をもとに商業的に旨味のある新製品や新サービスを開発して新たな市場を開拓するための、実用的なツールと適切な指針を持つことである。 従来と異なる問いを抱いて戦略的発想を変えることが正しい視点につながるのなら、市場創造のツールと指針は、適切な問いを適切なタイミングで立てて、答えの意義や重要性を見極める助けになる。これらは全体として人々の創造性を高め、発想をまとめるための枠組みや条件としての役割を果たすため、他者の目には映らないものを着想あるいは発見し、たいていの組織が陥る落とし穴を避けるうえで役立つ。 また、現状を打開する価値コスト・フロンティアを開拓するうえで不可欠な、以下のような問いの答えを見つけられるよう、ステップごとに道案内をしてくれる。「事業や市場に関して自分が持つ、明確な前提や暗黙の前提にどう挑むか」「非顧客層の海を見つけて新たな需要を創出する仕事に、どう取り掛かるか」「どうすれば市場の境界を体系的に引き直し、競争が無意味になるような新たな価値コスト・フロンティアを切り開くことができるか」「差別化と低コストを両立させる製品やサービスは、どうすれば開発できるだろう」「戦略的ビジョンを形にして利益につなげるビジネスモデルを、どのように築くか」 これらのツールやフレームワークは極めて有用である。なぜならビジュアル化されているため、教育水準や創造性の程度に関係なく、誰でも容易に理解、応用できるからである。どれも重要な要因の相互関係を1ページの図表やグラフで示すため、全関係者が個々の問いへの答えを見つけ、同じ考えに辿り着く。 前著『[新版]ブルー・オーシャン戦略』においてもこれらのツールを紹介しているが、よく言われるように、落とし穴は細部に隠れているため、本書『ブルー・オーシャン・シフト』ではこの細部を深く掘り下げる。結果を出して、想定される落とし穴を回避または克服するための、望ましいチーム作り、プロセスの構築、各ツールの体系的な活用とその順序を紹介する。大所高所から教訓を垂れようというのではない。むしろ、レッド・オーシャンからブルー・オーシャンへの移行の各ステップにおいて、実用的、実践的な水先案内をする。 ブルー・オーシャン・シフトの実践は、抜本的な変革の旅である。新たな価値コスト・フロンティアを切り開くための、明快なアイデアと戦略を持つだけでは、十分ではない。人々を動員しなくてはならないのである。一定の年齢に達したプロフェッショナルなら誰でも知っているように、人々から自発的な協力を引き出さない限り、変革は途中で行き詰まるだろう。たいていの戦略は組織の人間的側面には踏み込まないが、それではいけない。 したがって第3のカギは、人間中心のプロセスを持つこと、いわば「人間らしさ」をプロセスに組み込むことである。これが、効果的なプロセスを尊重して遂行するうえでの自信を培う。 大多数の組織は社内で変革のハードルに直面する。人々は現状にこだわるため、これは意識のハードルであるかもしれない。深い断絶や組織の縦割りに起因する軋轢や内紛がもたらす、政治のハードルもある。うまく仕事をやり遂げることばかりに気を取られ、活力、情熱、意欲が不足する、モチベーションのハードルもある。(中略) 我々の研究からは、大多数の組織が戦略の実行に際して頼る、最も一般的な2つの習わしは、皮肉にも、変革努力のほとんどが失敗する原因でもあると判明している。 第1に、大多数の組織は戦略の立案と実行を、順番に行うべき別個の活動として扱っている。あるグループが戦略を立案して、別のグループにその実行を委ねるのだ。戦略とイノベーションに関する学術研究は大半が、この順序づけと分担を助長している。 第2に、実行に際しては時間と関心のほとんどが、組織を改編してアメとムチを使うことに費やされる。具体的には、管理の対象期間を変更する、インセンティブを調整する、重要な業績指標を設ける、などである。アメとムチや組織改編にはそれぞれ役割があるが、大胆な変革を起こすうえで不可欠な自信を人々に植え付ける効果は乏しい。自信をもたらすためには、組織は基本的に、一般に行われているのと逆のことをすべきである。 戦略の実行を、戦略が構築された後に着手すべきものとして扱うのではなく、最初から戦略に組み込んでおく必要がある。さもなければ、人々から受け入れられないだろう。加えて、熱意や労力の大半を体制、懲罰、報賞といった、人間味のない手段の調整に費やすのではなく、人々の感情や心理に焦点を当てる必要がある。「新しい戦略を受け入れ推進していこう」という意欲を引き出し、信頼を築いてそれをテコに人々を動かしたなら、「組織の制約を乗り越えて、変革を最後までやり遂げよう」と熱意がみなぎるだろう。 人々の心を捉えて新戦略への共感を得るには、どうすればよいだろうか。何しろ、変革は脅威である。ブルー・オーシャン・シフトを実現するよう人々に求めるのは、よく知った世界から離れて新たなフロンティアを目指すよう促すことであり、まさに脅威になるのだ。ところが意外にも、ブルー・オーシャン・シフトに成功した組織を調べたところ、人々は創造性と熱意をいっそうみなぎらせ、「新戦略は実行できる」と信じて疑わなかった。まさに望ましい状況である。 しかし、一般には実現しにくいこの状況が実現したのは、いったいなぜだろうか。この疑問を時間をかけて考えるにつれてはっきりしてきたのは、ブルー・オーシャン・シフトのプロセスには、人々を評価し、彼らの不安、自信喪失、尊重されたいというニーズ、大切な存在でありたいという願いを受け止める何かがあるということだった。この「何か」を最もうまく表す言葉を懸命に探し、「人間らしさ」に行き当たった。 我々が突き止めたのは、「ブルー・オーシャン・シフトの成功例の核心をなすのは、根本的に人間らしいプロセスである」ということだ。そのプロセスは、私達の人間らしさを否定せずに受け入れて、想像したこともないほどの能力と自信を与えてくれる。人間らしさのお陰で、私達は少しずつでも前に進もうとする。私達の猜疑心と弱さ、「できない」という不安、「そもそもブルー・オーシャンなどあるのか」という疑心暗鬼、知性と感性の両面で認められて自分に価値を見出したいというニーズ。これらを人間らしさは受け止めてくれる。人間らしさがプロセスに組み込まれていると、チームの意識を変え、変革に適した感情を生み出すことができる。これは、5人のチームでも1万人のチームでも同じである。 これを達成するためにブルー・オーシャン・シフトのプロセスは、あらゆる人々に無闇に変化を迫るのではなく、各ステップにおいて人々の不安を和らげ、自信を培う。プロセス全体に、細分化、実体験に基づく発見、公正さが織り込まれている。我々の研究によれば、これらが人間らしさのカギを握る要因である。なぜなら、人間の根源的な部分に働きかけるからだ。詳しくは後述するが、幸いにも、これらの要因はどの組織でも再現できる。 図表は、ブルー・オーシャン・シフトの成功のカギを一つの図表にまとめたものである。ここに示された3つのカギは、互いに補完し合いながら全体としてシフトを実現させる。ただし、誤解しないでほしい。3つのカギ、すなわちブルー・オーシャンの視点、市場創造の実践的なツールとその活用指針、人間らしいプロセスを特定できたのは、これらが正しく運用されたからではない。事実、誤った運用をして何度も苛立ちやトラブルに直面した組織は少なくない。我々は数々の失敗から学んだ。それら失敗の大半をきっかけに、プロセス全体を通して3つのカギを強化する必要性を、いっそう重視するようになった。 レッド・オーシャンからブルー・オーシャンへの移行は、1日では成しえず、1回の合宿型会議で実現するようなものでもない。反面、何年もかかるわけでもない。(中略) 「現状打破につながる価値コスト・フロンティアを開拓する機会だ」という確かな証拠が見え始めると、組織に熱気がみなぎり、レッド・オーシャンを抜け出してブルー・オーシャンへ漕ぎ出そうという機運が、一気に高まるのだ。
W. チャン・キム,レネ・モボルニュ