『ルックバック』は創り手の背中を押す傑作か? <嫉妬が怨念と化した自分>を描く覚悟と、その先の讃美歌
主人公の名前の由来…藤本タツキの分身?
藤野+京本=藤本。間違いなく彼女たちの名前は、原作者である藤本タツキに由来している。 映画の入場者特典として配布された、原作ネームをまるまる収録した冊子『Original Storyboard』を読むと、主人公たちはもともと三船、野々瀬と名付けられていたことが分かる。藤本タツキは、自分自身を連想させる苗字にあえて変更していたのだ。 勝ち気で、自信過剰な藤野。コミュ症で、自分に自信が持てない京本。<自己肯定的な自分>と<自己否定的な自分>という、作者のなかに宿るふたつの人格が、別のキャラクターとして生み落とされたのだ。彼女たちは原作者・藤本タツキの分身なのである。 いや、正確に言うならば、藤野と京本はすべてのクリエイターの分身と言うべきかもしれない。 あるときは「自分が世界で一番才能があるんだ!」と己を鼓舞し、あるときは「自分に才能なんてひとかけらもない!」と己を卑下する。両極端の自意識で揺れ動きながら、それでも歯を食いしばり、必死の思いで作品を創り続ける。それが、ものづくりに奔走するクリエイターの内実なのだ。 ■クリエイターはみんな<ひとり藤子不二雄>である 漫画家の大童澄瞳や浅野いにお、アーティストの村上隆、映画監督の上田慎一郎、詩人の最果タヒ、お笑いコンビ・マヂカルラブリーの野田クリスタルといった面々が、マンガ『ルックバック』の公開時にSNSでリアクションを示したのは、藤野と京本に自分を見出したからだろう。あらゆる職業を超えて、彼女たちはクリエイターたちの心を掴んだのだ。 そして藤本という名前は、藤子・F・不二雄こと藤本弘とも合致する。クリエイターが<自己肯定的な自分>と<自己否定的な自分>というふたつの人格を内面に抱えているように、藤子不二雄という不世出の漫画家は、最初からふたつの人格を物理的に備えている。だだっ広い荒野で孤独な戦いを続けるクリエイターとは、みんな<ひとり藤子不二雄>のような存在なのだ。 ひょっとしたら藤本タツキはそこまで計算したうえで、主人公に藤野と京本という名前を与えたのかもしれない。恐るべし。