ルーペ・フィアスコが語る『Samurai』全曲解説 故エイミー・ワインハウスがもしMCバトルに出ていたら?
ラッパーのルーペ・フィアスコ(Lupe Fiasco)が長年のコラボレーターである音楽プロデューサーのSoundtrakkとともに、意欲的なコンセプトアルバム『Samurai』に収録されている全8曲をひとつずつ詳しく解説した。 2015年に製作されたドキュメンタリー映画『AMY エイミー』 には、故エイミー・ワインハウスが当時のプロデューサーのサラーム・レミに送ったボイスメッセージが再生されるシーンがある。そのメッセージの中でワインハウスは、近頃は“バトルラップ”スタイルのライムを書いていて、そのせいでリリカルなサムライになってしまった、と語っている。残念ながら、彼女が取り組んでいたライムを私たちが耳にすることはないだろう。だが、6月28日にリリースされたラッパーのルーペ・フィアスコのニューアルバム『Samurai』のタイトルトラックは、もしもワインハウスがバトルラッパーだったら、こんなラップをつくったのかもしれない、と思わせてくれるような作品だ。ニューアルバムのプロデューサーを務めたのは、長年のコラボレーターであるSoundtrakk。本作についてフィアスコは、「当初は1曲だけのプロジェクトのつもりだった。フルアルバムなんて想定していなかった」と明かした。 フィアスコが本誌に語ったところによると、全8曲からなるこのアルバムは、時間の経過とともに発展していったという。さらにフィアスコは、「(シングル「Samurai」には)アルバムとしてのポテンシャルがある、この曲の設定をベースにもっとストーリーを発展させられる、と気づいたときには、『次はどうする? みんなにこの曲のストーリーを知ってもらわないと』という想いが込み上げてきた」と語った。フィアスコによると、「Samurai」はワインハウスのストーリーをストレートに描写したものではなく、バトルラッパー兼オペラ歌手としての“サムライ・エイミー”のキャリアにおけるいくつもの分岐点にスポットを当てている。「『Cake』は、リリックの至上性の素晴らしさを歌った曲。『Bigfoot』は、複数の意味合いをもつ“モジュラーな”曲なんだ」とフィアスコは言う。 フィアスコが本作に取り組みはじめたのは、新型コロナのパンデミックによって外出禁止令が出されたころ。2022年にリリースされたアルバム『DRILL MUSIC IN ZION』を含む、いくつかのプロジェクトと同時進行で行ったという。「ルーペと仕事をするときは、いくつものトラックをまとめて投げつけるんだ。すると、それぞれのトラックがありとあらゆる方向に向かっていく」とSoundtrakkは本誌に語った。Soundtrakkがインタビューに応じるのは、19年以上ぶりである。「ブーンバップビートを5つくらい入れたものもあれば、トラップだけのものもある。とにかく、いろんなビートをごちゃ混ぜにして放り投げる。ルーペはそこから自分に刺さったものを選んで、ほかのものと組み合わせてくれる」とSoundtrakkは言う。フィアスコとSoundtrakkならではのグルーヴは、20年以上にわたるコラボレーションの賜物である(今後もコラボレーションを続けていくつもりだ、とふたりは語る)。「音楽を通して相手とともに成長し、互いの良いところを引き出す術を学んできたような気がする」とフィアスコは言った。 昨年、マネージャーとして長年フィアスコを支えてきたチャールズ・“チリー”・パットンが16年の刑期を終えて出所した。フィアスコもSoundtrakkも、本作を世に送り出すことができたのはパットンのおかげだと口を揃える。パットンからは、プロダクションや“引き際”に関するアドバイスをもらったという。「ひとりだったら、どのタイミングで手を離したらいいかわからなかった。いつまでもアルバムづくりを続けて、リリースは3年後になっていたかもしれない」とフィアスコは話す。 それだけでなく、パットンのおかげで音楽に専念することができた。過去数年にわたって背負わされてきた、さまざまな役割から解放されたのだ。「いまのおれは、純粋にアーティストとして活動できる立場にある。マネージャーとして、あるいはレーベルとして何らかの判断を下す必要はない。マネージャーに『ハイ、もういいよ』って言われたら、それで終了。それから、またほかの仕事をすればいい」とフィアスコは言った。 フィアスコが本作の続編の製作を検討するかどうかは、時が経てばわかるだろう。それまでは、彼を世界でもっとも尊敬されるMCたらしめた極上のリリシズムが注ぎ込まれた本作、それもフィアスコがいうところの、アーティストが歩む道のりを描いた“気まぐれな”ポートレイトを楽しもうではないか。本作はワインハウスの言葉にインスピレーションを得ているが、フィアスコは彼女の代弁者としてではなく、自らのストーリーを語っていることは明白である。 「このアルバムは自伝でもないし、おれはエイミーのストーリーを語ろうとしているわけでもない。それは彼女の遺族やレガシーを管理している人たちがすることだ。おれにとっては、エイミーのあのひと言がすべてだった。おれはただ、『なあ、エイミーがバトルラッパーだったら、どんなラップをつくっただろう?』と空想してみただけ。なんらかの形で彼女のレガシーを書き換えたり補足したりするなんて、そんなことは考えていない」 さらにフィアスコは、自らが語り手となって、自身の人生や時期に対する内省を本作の至るところに織り交ぜた。「こうした内省の断片は、『Palaces』や『Til Eternity』、さらには『Outside』から感じてもらえるんじゃないかな。粉々になったイースター・エッグみたいに、ひとつひとつの曲に散りばめてあるから。それと同時に、アーティストとしての苦難も描いている。アーティストの苦しみは、本人にしかわからないものだ。メジャーであれアンダーグラウンドであれ、どのアーティストも同じような道――キャリアの確立とか、その後とか、すべてが終わった後とか――をたどる。キャリアの頂点にいるアーティストでさえ、いろんな問題を抱えている。だからこれらの曲は、ある程度はすべてのアーティストに共通するストーリーを語っていると思う。おれが語っているのは、アーティストとしての自分のストーリーだけど、それがその他大勢のアーティストたちの苦難と重なり、より普遍的なものになるんだ」とフィアスコは話す。 ここからは、フィアスコとSoundtrakkによる『Samurai』全曲紹介をお届けする。