【共同通信杯】クラシックに直結する出世レース ここから飛躍したゴールドシップ、ジャングルポケット、メジロブライトのレースを振り返る
雑草魂!1997年メジロブライトが魅せたレコード勝ち
父メジロライアンは皐月賞3着、日本ダービー2着、菊花賞3着とクラシックの栄光にあと一歩届かなかった。オグリキャップの引退レースの有馬記念でも2着。あと一歩届かない末脚はファンから愛され、1991年の宝塚記念では悲願のGⅠ制覇を達成した。JRAのヒーロー列伝ポスターのキャッチコピーは「本当の強さは、誰も知らない。」という言葉がピッタリとくるサラブレッドだった。そのライアンの初年度産駒がメジロブライトだ。 メジロブライトはエリートとはかけ離れた存在だった。ノーザンテーストやトニービンなど海外からの輸入種牡馬が隆盛の時代。内国産馬の二代目は苦労していた時代だ。しかも父ライアンがデビュー時すでに500kgを超える雄大な馬体だったのに対し、ブライトは446kg。新馬戦は6頭中ぶっちぎりの最低人気だった。5番人気が単勝オッズ13.5倍に対し、ブライトは58.9倍。そのブライトが直線で全馬を差し切るのだから競馬は面白い。スタートで出遅れ、前半1000m72秒という信じられないほどのスローペース。その中で最後方から上がり1位の末脚を使って差し切った。 その後、同期と切磋琢磨し怪我も乗り越え、いよいよ共同通信杯では単勝1.6倍の1番人気に支持された。スタートすると無理をすることなくスッと後方2番手に下げた。これまで全レースで上がり3ハロン1位の末脚を信じた騎乗だ。重賞で継続騎乗中の松永幹夫騎手も焦る気配はなかった。 ただ直線を向いても前走で見せたような反応がない。ようやく、坂をのぼった辺りで大外から一気に進出。そのとき、なぜか父ライアンのあと一歩届かない末脚が私の脳裏をよぎった。「届かない!」そう感じたが、最後にグイっともう一伸びして差し切った。タイムはナリタブライアンが記録した1分47秒5のレコードに並ぶものだった。 父が果たせなかった悲願のクラシック制覇は目前と思われたが、皐月賞4着、日本ダービーと菊花賞は3着。あと一歩及ばないのは父譲りだったのだろうか。それでも同年のステイヤーズSでは後続に1.8秒差をつける歴史的大差勝ち。そして1998年には天皇賞(春)で悲願のGⅠ制覇を達成。父同様、愛される名馬となった。 近年、クラシックへの重要度が増している共同通信杯。今年は朝日杯FS1、2着のジャンタルマンタルやエコロヴァルツが出走予定。例年以上にハイレベルな戦いが予想される。いったいどんなレースになるのか今から期待が高まる。 《ライタープロフィール》 高橋楓。秋田県出身。 競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にてライターデビュー。競馬、ボートレースの記事を中心に執筆している。
高橋楓