母親から疎開先に届いた手紙を手に取る森玲子さん=牛久市内

両親に宛てた手紙には「元気です」「楽しくやってます」などと当たり障りのない内容しか書けなかった。「まるで軍隊のように、規律に従うのが当たり前になっていった」 1944年9月、東京都戸山国民学校(現・新宿区立戸山小学校)の3、4年生200人超が茨城県土浦市川口の旅館「土浦館」(当時)にやって来た。当時4年生だった森玲子さん(89)=同県牛久市=もその一人。政府は同年6月、本土空襲に備え学童の集団疎開を閣議決定していた。 ■濃くなる戦時色 茨城へ向かう列車の座席で、森さんが手にしていたのは母が作ってくれた小さい手帳。小学校教諭だった母らしく、背表紙に卒業証書の裏紙を使い、当時珍しかった赤いリボンで留められていた。表紙には大きな文字で「おぼえ　古賀玲子(旧姓)」。両親の名前や住所、親族の連絡先も記載されており、「親がどんな気持ちで見送ったのかと思うと、今も胸が痛む」と語る。 旅館は「土浦学寮」と名前が変わり、宴会場のような大広間で同級生と寝食を共にした。最初は遠足気分だったが、2、3日で親元へ戻りたくなり「みんなで泣いていた」。 日本神話に始まる国の成り立ちや、120代以上にわたる歴代天皇の名前の暗唱。学寮での日々は戦時色を濃くしていった。皇居へ向かって正座し、「天皇陛下、おやすみなさい」と寝る前のあいさつも欠かさなかった。両親への手紙には学校側の「検閲」があり、空腹や寂しさを訴える文言は削られた。 ■父の実家、山形へ 土浦が空襲の標的となり、防空壕(ごう)に飛び込む頻度が増えると、不衛生な環境から目の炎症を訴える児童が増加。自身も結膜炎に感染し、治療のため一時的に東京の自宅に戻った。祖母や母とつかの間の再会を喜んだが、45年3月の東京大空襲で再び土浦に戻された。4月の空襲では戸山国民学校の校舎も全焼した。 海軍航空隊があった土浦でも空襲の恐れが高まり、児童らは追われるように群馬県へ再疎開。富岡市内の山寺で寝起きすることになった。水や食料は土浦より乏しく、「当時は何を食べていたか思い出せない」と首をかしげる。 疎開生活が8カ月を迎えようとしていた45年5月、東京上空に米軍機が飛来し焼夷(しょうい)弾を投下、都内の自宅が炎に包まれた。 それでも「これでまた家族一緒に暮らせる」と喜んだ。小さな軍隊のような疎開生活には嫌気が差していた。自身を迎えに来た母親が山寺の石段を上ってくる姿に「それはもう、うれしくてうれしくて」。その後は父親の実家がある山形県へ移り、終戦の日を迎えた。 森さんは現在、土浦市などで戦時中の体験を語り継ぐ。今も世界で続く戦渦に自身の体験を重ねながら、「私たちが戦争の悲惨さを伝えていける最後の世代」。そう心に決め、記憶の継承に取り組んでいる。